そして「婚約者」のセイン王子だが。
彼がやってくることは無かった。
本当に無かった。
かと言って、自分からお茶の誘いをすることも無い。
「嫌われているな」
「それはもう」
「目に見えてますね」
それは俺達三人、共通の見解だった。
ただ、何故嫌われているのか。
そこが問題だった。
「よしこうなったら乗り込んでみるか」
前触れをして、「セイン王子のもとに」バルバラは出向いていった。
「先日はうちの熊が貴方に勝った様だが、私はまだ貴方と勝負していない。一局願いたい」
そういう名目だ。
クイデ王女の様子も気になるところだった。
「表」組の報告によると、クイデ王女は王宮の図書室に籠もっているか、離れの林をぶらついていることが多いという。
無論お供は居るが、家族はついていないらしい。
「本が好きな様ですね。特に帝国の様子を書いたものとか」
「小説とかは?」
「それも嫌いではなさげですが、暇潰しという感じですねえ」
第三側妃の離れの近くには、案外死角があるのだ、とその「表」は言った。
「時々そこにセレジュ妃が居ることがあります」
「? 何でまた」
「そこまでは。ただ息抜きとかあるんじゃないですかね? こういう立場のひとってのは」
この時点では、割と俺達はそれを軽く聞き流していた。
そしてセイン王子の元に出向いたのだが。
「俺は来てもいいなんて言っていない!」
唐突にそう言われた。
「許可が必要か?」
「必要に決まっているだろう! 俺はまだ其方に返事を送っていないというのに」
「私は自分のところには前触れさえ出せばいつ来てもいいとしているが」
「ともかく今は忙しい。戻ってくれ」
ふむ、とバルバラは黙って引き下がろうとして――
「クイデ王女はおられるか? 何ならうちの方でお茶でもと思うのだが」
「クイデが居るとこなど知らん」
殿下、と召使い達が微妙な表情で主とこちらの両方に視線を泳がす。
「そうか。では図書室を探してみよう」
そう言ってバルバラは第三側妃の離れを出た。
「そう来たか」
廊下を歩きながら、バルバラは腕組みをし、考え込む。
「あの態度は珍しいですね」
ゼムリャも口を挟む。
「そう、珍しい。まずあり得ない態度だな」
そしてそのまま図書室へと向かった。
予想通り、そこにはクイデ王女が大きな本を広げ、それに見入っていた。
「クイデ様」
バルバラが声を掛けると「はっ」と顔を上げた。
本気で驚いた様で、クイデ王女は大きく息を吸って吐いて、と何度か繰り返していた。
「おや、それは草原の様子を書いた本ですか」
「私の嫁ぎ先はそっちですから」
「帝国内へ?」
「先生が、私はそっちの方がいいのではないか、ってお母様に助言してくれたんです」
「セルーメ氏をずいぶんと信用している様だな」
「信用…… そうですね。たぶん、私にとって一番信用しているひとです」
一番。
それが三人とも引っかかった。