「お嬢」
こそ、と俺は耳打ちした。
セイン王子が友達――取り巻きの輪の中に入って行くのが見えた。
そしてその中で、一人の女性と引き合わされているのが。
「よくある光景だな」
実際、セイン王子は母親の出身である伯爵くらいの令息に友人が多かった。
そしてたまに侯爵令息。
相手をする女性達もそのくらいの身分だった。
「だがあれは見たことの無い令嬢だな」
「聞いてみますか」
「そうだな」
バルバラはこの日の主役達の輪からつ、と動いた。
そして飲み物を手にしつつ、セイン王子とその取り巻き達の方へと歩みを進めた。
「これは辺境伯令嬢」
「お珍しい。どう致しました」
令息達はバルバラに対して敬意を払った態度を取る。
一方でセイン王子は露骨に「ちっ」と舌打ちをしていた。
この彼の態度に対しては、取り巻きの彼等自体もどうしたものかな、という顔をしていることが多い。
俺達はその反応を見るために、彼が取り巻きの中に居る時にこうやって突撃することがある。
「新顔の令嬢かと思ったので。非常に美しい。私はバルバラ・ザクセットだ」
「辺境伯令嬢様でございますか。私はマリウラ・ランサム侯爵令嬢でございます。父と共に王都に最近越して参りまして、このたび初めてのパーティへの出席と相成りました。どうぞお見知りおきを……」
そう言って彼女の見事な身体によく合ったドレスの裾を軽く持ち上げ、見事な礼をしてみせる。
ほぉ、とセイン王子の顔がやや赤くなる。
「宜しく頼む。ところで貴女の父上、ランサム侯爵はどちらに?」
「父は久しぶりの人混みに酔ってしまいまして、外の空気を吸いに」
「確かランサム侯爵と言えば、田園の方が好きだと聞いていたが」
「それは先代様のことでしょう。父はやはり王都の方が住みよいということで、こちらに移って参りました」
「成る程貴女の社交界への参加も兼ねて」
「ちょうど私がそのくらいの歳になりましたので……」
「マリウラ嬢、貴女は今幾つなんだ?」
セイン王子は問いかけた。
「十六でございます。殿下」
「俺の二つ下か。どうだ、次の音楽がかかったら、一曲踊らないか?」
「宜しいのでしょうか?」
そう言ってバルバラの方をちら、と見た。
「私のことは気にするな。どうせここのダンスは踊れん」
「もう一年も経つというのに…… 未だに」
「人には向き不向きというものがある。私にはここのダンスは向かない」
「それでもこちらの流儀は守るべきだろう」
「そう思うのか? セイン王子は。私もここに来たからには、ここの流儀に染まれと」
「当然じゃないか! 何を今更!」
ざわ、と取り巻き達の顔色が変わった。
だがその変化は、鳴りだした音楽にとって変わられた。
少なくともセイン王子の目には入らなかった。
「行こう、ランサム侯爵令嬢」
「宜しければマリウラとお呼びください」
そして二人は踊りの輪の中へと入っていった。
取り巻き達はそんな二人を見て、不安げに顔を見合わせた。