「……以上が、今回の報告です、皇帝陛下」
「うん、よくできたな」
教師が教え子に言う様に、報告するバルバラに皇帝陛下はそう告げた。
「結局陛下からの将棋大会に関するお返事をいただけないままに、ご報告に来てしまいましたが」
「ああ大丈夫だ。彼等は近々、六角盤で行う将棋の『ミツバチ杯』に出場するだろう」
「近々」
「全国から猛者が集結し、その日のために何日か前から出場者は帝都に宿を取ることが多い。手の者にそれらしい男女三人組が宿泊しているか、家を借りているか、調べさせてはある」
バルバラは資料を箱に詰め、帝国側の係に渡した。
またこの時彼女は例の紋章入りペンダントも返却している。
それはまた別の場所で、別の辺境伯の縁者が使うべきものなのだ、と。
「では自分達はできるだけ早く故郷に戻りたいのですが、宜しいでしょうか」
「いやいや、其方等にはこの犯人の結果を見届ける権利があると思うんだがな」
「義務ではなく権利、ですか。だったら権利を行使しなくてもいいと思うのですが」
「よっぽど苛々が溜まっている様だね、バルバラ嬢」
「当然です。そもそも私はこれとの結婚を伸ばされてしまったんですから」
「とは言え、あの頃じゃあまだ其方、その熊男に潰されてしまうだけだったろう?」
彼女は思いっきり口を曲げた。
下手するとそのままうめき出しそうな勢いだ。
失礼、と陛下に告げると、バルバラの座っている後から肩に手を掛け、ゆさゆさと揺さぶる。
「それに共について来た者達も、帝都見物くらいしたいだろう? 長い任務も終わったことだし」
「……そうですね」
「後宮で空いている棟があるから、一つを貸してやろう。其方等はそこにその日まで過ごせば良い。共にやって来た者達は後宮はまずいが、幕屋は持ってきているのだろう?」
「はい」
「大会を見たい者はともかく、その前日まではそこに陣取れば良い。確か以前、湯屋をずいぶん気に入っていたようだが?」
「……了解致しました」
どうどう、と俺はバルバラを落ち着かせた。
*
こちらです、と女官に案内され、後宮の中でも人気が無い一角の棟に案内された。
「何故こんなに閑散としているんだ?」
辺りをきょろきょろを見渡しながら、バルバラは訊ねた。
閑散としている辺りだから、夫婦扱いの俺達を泊めることができるのだろうが。
「既に皇太子殿下がお決まりになった以上、多くの方はここに必要はございません。留まりたい方はそのままお子様と共に留まっておりますが、そうでない方は故郷へとお帰りになっております」
現在の皇帝は領主様より多少上くらい。
皇太子が決まってもおかしくはない年齢である。
「すると私達がチェリに居る間に、皇太子の座の決定戦は終わっていたのか……」
少々残念だ、とバルバラは言った。
「確かに、生きていてそうそう見られるものでもないですしね」
ほほ、と女官は笑う。
「自分も候補の一人でしたが、この立場の方が合っておりましたので、現在は母を市井へ移し、女官の職を賜っております」
「と言うことは」
「私は陛下の三十五子でございます。母は帝都に近い部族から参っております。早々に遠慮させていただきました」
「そういうこともあるのだな。面白い」
「辺境領では如何ですか? バルバラ嬢。貴女はこの方を婿取りなさるとか。では次の当主は貴女で宜しゅうございますか?」
「いや、そうとも限らない。まだ沢山きょうだいは居るからな。最後に館に残るのが私だったら私でもいいし、その連れ合いのこいつでもいい。その他のきょうだいでも良い」
「おや」
「要は、あの地で皆で穏やかに暮らすことを思う者なら誰でもいいと思う」
「そうですね。それが一番いい」
女官はそう言うと、俺達に棟の入り口の鍵を渡し「ご自由に」と言い放った。