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第52話 上から見るミツバチ杯

 あれだ、と皇帝陛下は幾つかの卓を指した。

 確かにかつて一月を過ごしたセルーメ氏。

 変装したセレジュ妃。

 あとは実際には会ったことは無いが、おそらくはデターム氏がそれぞれ別々の相手と対戦していた。

 六角盤将棋ミツバチ杯。

 六角形の形の盤で、三人が対戦するのだが、「ミツバチ縛り」という変速ルールがある。


「女王を生かし、王はそうでもない。そして動かせるのは歩兵だけだ。他陣地に入れば変わるが」


 さすがにそんな変則ルールは俺もバルバラも知らなかった。


「何だったら実際に対戦しているのを見に行けばいい」


 そう、卓の周りには結構見物人がそれぞれ居る。そして戦う者達は、それを全く気にしていない。それほど集中しているのだ。


「ちょっと見てくる」


 ざく、と皇宮前広場の細かい砂利を踏みしめて、バルバラは動く。

 あえてこの日は、先日俺達を案内した女官に宮中の衣装を借りていた。

 そしてふらっと変装しているセレジュ妃が対戦している卓へと近寄って行く。

 俺はその様子と、あとの二人の辺りをやや高い場所から眺めている。


「負けました」


 その声で終わった卓の者は、そのまま感想戦に移る。

 それを放棄し、他の者を見に行く者も居る。

 そしてセレジュ妃の卓でも「負けました」があった。

 それを聞いたバルバラは、さっと身を翻して戻ってくる。


「どうでした?」

「もの凄く強い」

「そうだったか」


 皇帝陛下も何やら嬉しそうだった。


「以前私が対戦した時の気迫など、ほんのちょろっと出しただけだ」

「将棋は複雑になればなるほど、女は減ってくる」


 皇帝陛下はつぶやく。


「六角盤では、全土合わせて最後に残るかどうか、くらいだな。しかも縛りつきだ。八角盤だと四人の時はまだ居るが、二人対戦の時にはもうまずできる者が少ない。二回戦落ちが普通だ。それを思うと、あの女性はよくやってる」


 惜しいなあ、と皇帝陛下は言った。

 その言葉の真意は判らない。

 そしてこんな試合が勝ち抜きで三日間続くのだという。

 残る者の精神力というものは凄まじい。



 一日目で一気に人数が減った。

 だがこの会場自体は、残った者の試合を間近で見ようとする者で減る気配は無かった。

 広場の端には屋台も出ている。

 うちの供の者の中には、幕屋を畳んでもなかなか帰らないのも居て、珍しい将棋と屋台飯に夢中になっていた。

 荷物と馬はあるところから、俺達と一緒に戻るつもりらしい。

 二日目からは強い者達の対戦になってくる。

 空気が変わる。 

 その中でも、あの三人は強かった。

 そしてその日、準決勝に出る九人が決まった。


「ほぉ」


 皇帝陛下はその顔ぶれを見て驚く。


「今回は女が二人も出ているな。素晴らしい。明日が楽しみだ」


 対戦表を見ると、セレジュ妃はそのもう一人の女と当たる様だった。

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