「――っ!」
その時、俺達は思わず手を出した。
肩を組んだ三人は、仕込み指輪でそれぞれの首筋をぐっと刺した。
即効性の毒だ。
その場に崩れ落ちる彼等が砂利に倒れ込むまでに何とか手を出すことができた。
それはバルバラも同じだった。彼女はふらりと倒れ込むセレジュ妃の下に身体を滑り込ませた。
かふ、と喉から音を立てて彼女は血を吐いた。
そんなセレジュ妃にバルバラは訊ねた。
「貴女は母親を殺したのか?」
瞬間、セレジュ妃の目が大きく見開かれた。
言葉を紡ぐことはもうできない様だった。
目も開いてはいるが泳いでいる。
だが、それでも、口の端を必死で上げて、――ぎりぎり、笑った。
笑顔のまま、彼女の瞳から光が消えていった。
一方でず、と音がした。
デターム氏は腕を伸ばしている。
口が何かを呼んでいる。
俺が腕を伸ばしたのは、ちょうど位置的に良かったセルーメ氏だった。
毒の回りが一番早かったらしく、彼の首筋に指を当てても、脈動を感じることはなかった。
やがて最後までセレジュ妃の方に手を伸ばしていたデターム氏もその力を失った。
観客達は目の前で起きた出来事に、次第にざわつきだしていた。
「静かに」
皇帝陛下が朗々とした声を放った。
「今回もまた素晴らしい対戦を見せてもらい、儂も非常に嬉しく思う。参加者は誰であれ何であれ、相応の覚悟があって来ているものと思う。そしてこの三者は、自身の全てを賭けてここに来て、目的を達した後、行動の責任を取り自害した。見るかがいい、この美しい棋譜を」
すると対戦表と同じ大きさの棋譜と盤面をそのまま図に起こしたものが、その場の観客の前に広げられた。
これは、と皆が息を呑んだ。
「三人の息が揃っていないとできない棋譜である。そして千日手に、引き分けになる様に巧みに計算された。これほどの手を持つ者達であるが、それでも罪ある者で、自身でそのけりを付けたのだ。ただ、それだけのことなのだ」
皇帝陛下の言葉も半分に、将棋を愛する者達は、棋譜に、盤面図に既に気持ちを奪われていた。
「納得がいったか? バルバラよ」
「はい」
彼女はセレジュ妃の身体を砂利の上にそっと下ろした。
「理解はできません。が、納得はいきました」
どうしても最後の一件だけはセレジュ妃から聞きたかったのだろう。
俺は俺でセルーメ氏の服を探る。そこには手帳が入っていた。
既に捜査は終わっていたが、皇帝陛下は俺のその態度を見てうなづいた。
俺は俺で、知りたいことが一つあったのだ。