「それはとうてい許されることではない」
セルーメ氏の手帳にはそう書かれていた。
「自分がその様なことができるとは思っていなかった。だがそれはどうしてもせねばならなかった。
いやどうだろう? しなくても他の方法があったのではないか?
止めよう。いつまで経っても、過ぎたことはどうしようもないのだ。
たとえ夢に彼等が出てこようと、あの誇り高い彼等から伝授された方法を使ってしまったことを悔いても、最後の最後までやり通すしかないのだ。
それは俺達が始めてしまい、既に止められなくなっているものだから」
セルーメ氏があの井戸の遺体の製作者ではないか、という俺の思いは一つの報告からだった。
ランサム侯爵家以外の遺体の鎖骨と一番上のあばら骨に上から突き刺した様な傷が残っていた、という報告があったのだ。
鎖骨から剣を入れて心臓を一突きするという暗殺法は俺達の中ではよく知られたものだった。
そしてかつてセルーメ氏に護衛騎士の誰かが教えていたものだった。
通常は短剣でそれは行う。
だから心臓に届いても、あばらまで傷つけることはない。
どうやらそれは通常の剣で刺した結果らしい。
少なくとも、最後の一人は予定外の殺人ではないのか?
そう思いたい自分が、やはり居たらしい。
*
そしてようやく俺達は辺境伯領の館へと帰還することができた。
「お帰りバルバラ! 何だお前ちょっと育ったじゃないか!」
俺達の馬が村中に入ってきたと知るが早く、領主様とその家族、それに護衛騎士達が一斉に館の前に飛び出してきた。
「ただいま父上お母様! みんなも!」
そして馬から飛び降りると駆け出していく。
俺もそれに続いた。
いや、途中から彼女を肩に担ぎ上げ、走り出した。
するとひゅーひゅー、と護衛騎士達が楽しそうに口笛を吹く。
「今日帰ってくると判っていたら! 用意をさせたのよぉぉ!」
奥様がまた大声で叫んでいる。
「貴女方が沢山向こうの調味料送ってくれたから、料理も増えたし!」
彼女の姉妹達も声を張り上げている。
「ずっと衣装も縫っていたんだからねっ!」
「あはははははは!」
バルバラは俺の上で思いっきり笑っている。
「楽しいですかバルバラ」
「当然だ! 家に帰れる程嬉しいことはない! それに!」
「それに、何ですか!」
「やっと結婚式ができるぞ! シェイデン!」
到着。
俺の上から飛び降りると、バルバラは両親に、きょうだいに一気に飛びかかられた。
何処かから聞こえてくるハモニカの音に、俺をもみくちゃにする護衛騎士達も踊り出す
他の誰かが三角や丸の胴の六弦楽器も取り出して。
楽しそうな音をハモニカのメロディに合わせて奏で出す。
「なあシェイデン!」
「何ですかバルバラ」
「何だかんだあったけど!」
「はい!」
首に抱きつかれて、ぐっと唇を押し当てられた。
「これからも頼むぞ」
はい、と俺ははちきれそうな笑顔のバルバラに、大きくうなづいた。