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円盤太陽杯優勝者の供述

第1話 優勝者は手配中のスパイ

「なあ聞いたか? 今回の将棋の」

「ああ、優勝者のガングル・バレスが、あの手配中のスパイの『ラスラクサ・アンタイユ』だったとはなあ……」


 そんな街での噂を聞く都度、カイシャル・セルーメは街で野良将棋を指すのが辛くなってきたものだった。

 もっとも、後に彼自身が似た様な境遇になるとは、その時には誰も想像もしなかったものだが。


 ところで。

 帝国にはそれらの将棋杯において捕まった犯罪者に対し、この将棋好きの皇帝は直々に「何故わざわざそこまでして出てきたのか」を尋ね、その話を残すこととしていた。

 これはその円盤太陽杯優勝者の供述である。



 わざわざ皇帝陛下がお出ましとは!

 噂には聞いていましたが、ありがたいことです。

 なるほど、できるだけ平易に。

 そのまま記述するからと。

 了解致しました。

 自分はもう、いつ殺されても構わない身。

 陛下の御前で砕けた口ぶりで話せるなんて! こんな機会、こんなことでもない限りございませんでしょう!

 ではあらいざらい話しましょう。

 自分の最初の名はエデカ。姓は無し。意味は「砂漠鼠の糞」です。

 ああ、まあ大概ガキにはそういう名をつけるんですよ。あんまりいい名をつけると、天だか地の底だかに連れて行かれてしまうから、って。

 そういう部族で、数十年前に生まれました。

 それから何度も名前を変えましたんでね、今回出場名簿に記した名の「ガングル・バレス」が、まあ一番長い間使っていた名ですね。

 手配書の名の「ラスラクサ・アンタイユ」なんていうのは、正直自分でも覚えてませんでしたよ。

 いや、これは雇われた場所でそれなりにおかしくない名を雇い主がつけてくれたものですからね。

 自分の名の気がしないんですよ。

 だからまあ、手配書が貼られていても、自分の気がしなかったから「へーほーふーん」で済んでいたんですよねえ。

 今の名は本当、帝都に来てからのもんで、自分でつけて、一番人から親しく呼ばれた名ですから。

 正確な歳―― は判りません。

 何せ生まれた部族自体が、誕生日を気にする訳でもない「今年の生まれ」と一括りにする様なとこでしたからねえ。

 草原と氷河と砂漠の合間にせいぜい生きておれ、と言わんがばかりのところ。

 まあ大概の若い男は、一度はともかくその地を逃げだしますな。

 今の様にまだ道も整備されていない頃ですからな。

 それにうちの部族は女が基本惣領ですから。

 男は若いうちに女に種を仕込めば何処へ行ってもいい、という風潮はありましたね。

 だからまあ、自分もある程度の歳になったら、できるだけ種付けして、故郷を出ましたわ。

 たぶん、帝国で言うなら十五くらいですかね。

 母親は17の子と言っていてましたが、生まれたら1、そしてまとめて次の歳の始めに2と数えるところですから、こっちの数え方では十五だと思います。

 いやなかなか、あれはしんどいものでしたよ。

 女という女に乗っかって、搾り取られるだけ搾り取られてようやく出ることが許されるんです。

 あれでまあ、自分は正直女はもういい、と思う様になりましたね。

 そんでようやく出られた訳ですわ。

 けど、出たからと言って自分にあるものと言えば乗ってきた馬一頭と、母親が持たせたちょっとの路銀、あとは狩りのために鍛えた腕くらいなもの。

 何処へ行くかも判らず、ともかくその日の糧を求めてさまよいましたわ。

 そこでまず、何処か住み込みで食える場所を探した訳です。

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