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「すまないな、白いの、赤いの。俺様はここからは出られない。だからお前達に託すしかないんだ。たとえ、どんな結果が待っているか分かっていても……」
太郎は毛布からノートパソコンを取り出し、床に寝ころびながらキーボードを叩く。
「その代わり、バックアップはしてやるからな。だから、お前達は、帰ってこいよ」
ふいにキーボードを打つ太郎の手元に涙が零れ落ちた。
「本当に……分かりすぎるのも、困りものだな……この頭脳を、今日ほど恨んだ事はない。だが、それでも、これが俺様の武器……だから、白いの……帰ってこい、帰ってきてくれ……お前だけは……俺様を一人にするな、俺様を独りにしないでくれよ」
たった一人しかいない部屋では、鼻をすする音とキーボードを打つ音が響いた。
*
場所は、
引き続き、白石秋羽と赤西茉莉が尋問のような形で絵里から事情を聞いていた。
「なるほど。つまり君は、『匿名探偵』が自分達について取り上げ始めた頃から自宅に引きこもっていたというわけか」
絵里は小さく頷いた。
「その間、接触してきた人物は?」
「多分いない。
と、絵里はじとりとした目で秋羽を睨むように見た。
「ん?」
「おい、お前、また何かしたのか」
身に覚えのない秋羽がキョトンとした顔をすると、隣で盛大な溜め息と共に茉莉が言った。
「またって……」
お前にだけは言われたくないが。
しかし言った後どうなるか分かっていた秋羽はその言葉を呑み込み、絵里と初めて会った時の事を思い出そうとする。
「たしか、お前達が寄ってたかって
「したでしょ! 思いっきり!」
絵里がクッションを投げつけながら言った。当然避けたが。
「あんたが、私達の仲を崩すようなこと言うから……それで、何だか、その後も険悪っていうか、空気悪くなっちゃって……それで……」
「ふーん」
俯きながら言う絵里に、秋羽は興味なさそうに返事をした。
案の定、絵里からは睨まれ、茉莉からは軽蔑するような視線を送られたが。
――いや、でも本気で興味がないから、仕方ないだろ。
「それで、私はすぐに引きこもって……大体の事情とかは、ネットで検索して知っていたけど……若葉のことも……」
「その様子だと、お前の所には来ていないようだな……」
「その二人組って、なんなんですか?」
「あーそれは……」
茉莉は言葉を濁した。
――まあ当然の疑問だよな。
「悪い奴だ。少なくとも、お前にとってはな」
「はあ……」
流石に誤魔化し方に無理がある。
案の定、絵里は不思議そうな顔で茉莉を見ていた。
「だから、もし妙な二人組が訪ねてきても、決して話を聞かないことだ」
「言われなくても、しませんよ。ていうか、今は誰とも会いたくないし」
可愛くねえ。
秋羽は言葉には出さなかったが、顔に出して思った。
――だけど、この子は大丈夫そうだな。
秋羽から見て、保坂絵里はだいぶ分かりやすい子だ。
秋山菊乃に比べたら、内に隠しているものがない。
正確には本人は隠しているつもりなのだろうが、秋羽の観察眼から見たら丸裸同然だ。
――この子は、自分を守ることに長けている。
幼い頃に受けたいじめが原因かは分からないが、絵里はおそらく自分の身が一番可愛い。
そして臆病だ。
嫌われるのが怖いから、相手の意見に乗っかる。
一人になるのが怖いから、強そうな相手と群れたがる。
そして自分が悪いと思いたくないから、自分以外の悪役を欲している。
もし秋山菊乃や姫崎四季達が、歪なほどに強固な絆で結ばれた関係なら、彼女達は真逆だ。
利害の一致で組んだだけの、浅く薄い絆。それゆえに自由な関係。
このくらいの距離感の方が人間関係は良好になるが。
逆に、秋山菊乃や姫崎四季達のような絶対的な絆は身動きがとれなくなり、あのような結末に――
~~~~♪
その時、茉莉のスマートフォンが鳴った。
茉莉は「すまない」と一言詫びを入れた後、電話に出ながら廊下へと向かった。
「あぁ、そういえば……」
「ん?」
茉莉が席を立ったことで、絵里からしたら怖い人がいなくなり、初めて会った時の小生意気な態度で絵里は秋羽に話しかけてきた。
「二人組ではないから、関係あるか分からないけど……若葉と私に、接触してきた人ならいたよ」
そう絵里が思い出すように言った時。
茉莉が素早い動きで戻ってきた。
「戻るぞ、白石!」
「え? どうかしたのか?」
「中上若葉が……」
茉莉はちらりと絵里を見た後、言いにくそうに視線を逸らしながら言った。
「殺された」