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――わらしべ長者か……
一方、
あの少年は初めて会った時から、違和感を持った。
芝居がかったキャラクターに、聞かせる事を目的とした語り。そして明らかに作った笑顔。
最初は配信者だから、そういう喋り方や笑顔が癖になっていると思ったが、先程の会話でそれは違うと思った。
――あの子は、何かを俺に訴えようとしている。
『自白班』は、仕事上、未成年の少年少女と多く接する。
その過程で学んだ事も多くあった。
特に、少年少女達が大人以上に、大人を欺く事に長けている。
無邪気なふり。気が弱い、弱者のふり。
頭がいいふり。物分かりがいいふり。
そういった仮面で、大人が求める子供を演じた子供達を多く見てきた。
その中でも来栖は特異である。
作ったような無邪気でお調子者の顔をしたかと思えば、明らかな敵意と警戒を宿した目で見てくる。
そして、今まで彼が秋羽に語ってきた単語は何かキーワードのようで――
「やっぱり、何か知っているのか?」
だが今回の事件は謎という謎は、今のところない。
そして過去のいじめが暴露され、ネット上で誹謗中傷され、学校でも居場所がなく引きこもっていた所、中上若葉はそれが原因か分からないが自宅マンションから飛び降り自殺をした。
――まあ、これはまだ自殺か事故か、それとも事件かは明確ではないが。
そして、その中上若葉が病室で何者かによって刺殺された。
この際、「次に自殺する」と言われていた保坂絵里と、「近い将来、殺害される」と言ってきた灰崎来栖の事は切り離して考えるとして――中上若葉の事件は、犯人が自白すればそれで終わる。
特に相手は自ら警察に通報してきた。
放っておけば、自分の手を汚さずとも死んだかも知れない相手をわざわざ刺殺する所からして、犯人は中上若葉に明確な殺意がある。
そして保身よりも、殺したい欲が勝った。
隠さずに堂々と犯人だと名乗り出したあたり、自白させるのはそう難しくはない――筈だ。
――だけど、なんだ? この違和感は……
――俺は、何を見落としている?
*
「なるほど。それで、高性能頭脳と最強の知能を持つ俺様を頼りに来たというわけか、白いの」
「白石だ。つうか、頭脳と知能、結局同じじゃねえか」
「ふっ」
何故か桃瀬太郎は勝ち誇った顔をした。
何だろう、この敗北感。
「さて、『自白法』は取り調べが始まった瞬間からタイムが刻まれるからな。タイムリミットを迎える前に、容疑者のお子様を完全攻略しないと……だろ? 白いの」
「あ、ああ」
珍しく桃瀬はやる気のようで、いつもくるまっている毛布が床に捨てられていた。
「ほら、とっとと始めるぞ」
桃瀬に言われ、秋羽は持っていたファイルを彼に渡した。
「中上若葉を殺害したのは、都内の大学に通う大学生一年……まあギリ未成年か」
『自白法』の対象は未成年、つまり19歳までの少年少女だ。
高校を卒業したばかりの相手だと、世間一般では少年少女とは言えないが、それでも未成年だ。
20歳の誕生日を迎えない限り、その人物は未成年と扱われる。
この時、生まれ年ではなく、あくまで誕生日で計算される。
――ようは6月生まれが、5月の時点では『自白法』が適応されるが、7月になると適応されないってことだ。
そして今回の容疑者はギリギリ19歳の未成年だったというわけだ。
「名前は、
春咲エリカ。
世間を騒がせた『鮮血ずきんちゃん事件』の被害者のひとり。
正確にはあれは連続殺人に見せた、連鎖自殺だったが。
ひとりが自殺し、その後次に自殺する者が自殺した相手の身体をめった刺しにするなどして猟奇殺人に見せかける。それを繰り返し、最後に
「自殺した妹への復讐? それにしては対象がおかしくないか?」
もし妹への復讐ならば、憎悪の対象は関与した菊乃達に向かう筈だ。
しかし菊乃以外は死んでいる今、もし復讐が目的なら原因を生んだ学校や、唯一生存している菊乃に向かいそうだが――
「いや、あっているぞ、白いの」
「え? でも……」
「もう忘れたのか? この小娘達の心を歪な鎖でがんじ絡めになるまで結び付けたのは、何だったのか。小娘達が、どうして、そこまで姫崎四季に心酔したのか……」
「何って……それは……」
そこで、秋羽はようやく言われている事を理解した。
「そうだ、それで合っている。つまり、そういう事ってわけだ、白いの」
「……いじめ、か」
秋羽がその単語を呟くと、桃瀬は寂しそうな顔で視線を逸らした。
「姫崎四季に助けを求めるように集った四人はみんな、いじめの被害者。そして今回『匿名探偵』によって晒し上げに遭った二人は、どちらも誰かのいじめに関与している」
そこは、『匿名探偵』こと灰崎来栖の配信で知っている。
最初に晒し上げに遭った中上若葉は、常習的ないじめっ子。
小学生の頃からいじめを繰り返し行っており、彼女にとっていじめは娯楽のようなものだった。
そしてその彼女が小学校、そして中学と続いて執拗にいじめのターゲットにしていたのが、春咲エリカだった。
エスカレーター式のお嬢様学校だ。そんな閉鎖的空間で、ターゲットにされれば逃げ場はない。
「お嬢様の花園の花は、どうやら猛毒のようだったみたいだな。花が吐き出した毒の糸で絡められた幼い虫を執拗に追い詰め、傷つけ、笑い物にする……花園っていうよりは、蜘蛛の巣だな」
「桃太郎……」
「続けるぞ、俺は。警察だからな、一応……それに、俺様がいないと、白いのが困るだろ?」
「……そうだな。お前がいないと、俺が困る」
「ふっ」
今度は本当に嬉しそうに桃瀬は笑った。
――笑い方、ちょっと気持ち悪いけど。