7-1
6月9日、午後1時。
自白担当:
罪状:殺人。
詳細:病室で意識不明の重体で眠っていた被害者:
なお心臓に到達する力はなく、心臓周辺を何度も刺したと推測される。
「それでは、『自白班』により、未成年者の取り調べを開始する。なお、取り調べを開始してから、七日を期限とし、期間内に自白しなかった場合、容疑者を無罪とし、今後、同事件で名前等の個人情報が公開されない事を約束する。ただし『自白法』が適用されるのは刑事裁判のみで、民事で罪を問われる場合はある」
密室の取調室。
いつも未成年の取り調べで使われる部屋だ。
二人分の机と椅子だけがある、質素な部屋。
透明なガラス越しに、外部にいる
「あぁ……これが『自白法』による宣言で合ってますの?」
どこか品のいい言葉遣いで、目の前の容疑者――春咲アリスは問うた。
未成年の取り調べを行う際、必ず宣言をする必要がある。
最初の取り調べを行った時点から約七日を期限とし、その期間内に容疑者が自白しなかった場合、七日以降に決定的な証拠が出ようとも、もうその事件で裁けなくなるからだ。
そのためにも、宣言は法的拘束力を持つ、重要な儀式である。
――それにしても……この子、本当に犯人か?
お嬢様を絵に描いたような、上品な雰囲気。
地毛と思われる栗色の髪はひとつに結い、前髪はきちんと眉の上で揃えられており、本人の几帳面さがうかがえる。
大学生だから制服はないが、白いブラウスに紺のロングスカートは私服にしては清楚であり、学校の制服のように見えた。
まるで第三者に見られる事を理解した上で行動している、お手本のようで――
「ですが、その必要はなくってよ、自白の刑事さん」
口元に手を添え、品のいい笑みを浮かべながら、アリスは言った。
「わたくしは、自ら通報しました。つまり、罪を認めているって事ですわ」
「いや、でも……」
「あら、これじゃあ自白になりませんの? おかしいですわね……あぁ、もしかして、もっとはっきり仰らないといけませんでした?」
ゆっくりとした優雅な口調でアリスは続ける。
貼りつけたような笑みと、感情のない虚ろな目で。
「わたくしが、殺しました。病院の受け付けで友人のお見舞いに来ましたって嘘をついて……あぁ、病院のスタッフさんの事は責めないであげまして。あの方たちは自分の仕事を全うしたにすぎませんもの。まあ、このわたくしが、あんな下賎な性別が雌ってだけの子豚の友人だと思われたのは、少々しゃくですけど。だけど……」
そこで両者を挟む机の上に手を置き、アリスは言う。
「わたくしが殺しました。鞄に隠していた果物ナイフで……本当は心臓をひと突きにしたかったんですけど……ほら、あの子豚、余分な脂肪分が多かったでしょう? だから肉のバリアに阻まれてしまい、心臓まで到達出来ませんでしたの」
「何で……」
ふいに、零すように秋羽は言った。
「殺害が目的なら、生命維持装置を外すとか、点滴に細工するとか、他にも方法があっただろ。何でわざわざ刺殺を選んだ?」
「ふっ……本当に、あなたはお噂通り……見抜くのが得意のようですわね」
「え? 噂って……」
秋羽の次の言葉は、アリスの言葉に呑まれた。
「そんなの、不平等だからに決まっているでしょ! だって、だって……エリカちゃんは、もっと傷ついたんですのよ。エリカちゃんも、お友達の四季ちゃんも、ユリちゃんも……みんな、あの子達に傷つけられた。そして、最後はあんなっ……あんな姿にされてっ……だったら! 同じ目に遭うべきでしょ! 同じように、肉片になって処分されるべきでしょ! エリカちゃんがそうだったんだから! エリカちゃん、エリカちゃんはっ……」
最初は狂気的な笑みを浮かべていたアリスだったが、それは作り物の笑みだったようで、徐々に仮面が剥がれていった。
大粒の涙が幾つも零れ、ファンデーションを滲ませた。
「つまり、妹への復讐のために、妹をいじめていた中上若葉を殺したって事か?」
「……それだけではありませんわ」
エリカは顔を覆うように前屈みになりながら、絞り出すような声で言った。
「あのまま放っておいても、中上若葉は死んだ。だけど、それじゃあ……わたくしは、何も出来ないまま……」
「! お前、まさか……」
「わたくしは、姉としてエリカちゃんに何かしてあげたかった。だから、殺したんです。この手を汚し、エリカちゃんの代わりに復讐する……それが、わたくしが、いじめられている事に気付けなかったわたくしへの罰で、愛する妹への弔い……」
「そんなの……」
秋羽が咄嗟に否定しようとするが、その次の言葉をアリスに手で制される。
「わざわざ言葉にしなくても良くってよ。ちゃんと、分かっていますわ。わたくしがやった事は間違っていること。そんなの、エリカちゃんのためにならないって事も……分かっていても、何かせずには出来ない。だって、
「おい、さっきから何の話をしている?」
「ふふっ……あら、あの『鮮血ずきんちゃん事件』をクリアしたのだから、あなたならすぐ解けると思ったんですが、見当違いですか……なら、どうせ退場となる身の上ですし……ひとつだけ、ヒントを差し上げますわ」
アリスはひどく歪んだ顔で笑い――
「わたくしは、ミカン、ですわ」
「えっ……」
そして次の瞬間――アリスが喉を抑えて苦しみ始めた。
「おい、どうした?」
「あ、ああああああっ……痛い、痛いっ……息が、痛いッ……」
アリスが悶え苦しむように、身体を捩じらせながら床に転がった。
「おい、どうした!?」
秋羽はすぐに彼女を抱き起そうとするが――
「あああああっ!」
絶叫しながらアリスは目を大きく見開き、唇の端から泡が零れ――
「これは……毒!?」
「どけ、白石!」
外で様子を見ていた茉莉が部屋に飛び込んできた。
そして秋羽に代わり、アリスを抱き起こす。
しかし茉莉が抱き起した時にはアリスは目を開いたまま動かなくなっていた。
「くそっ……」
茉莉は目を開いたままのアリスの瞼をそっと閉じる。
――何が、起きているんだ……
茉莉が部下に指示を出し、アリスの身体を運ぶ中、秋羽はただ立ち尽くすだけだった。
「何が……」
その時、脳裏に二人分の言葉が浮かんだ。
――『わらしべ長者って知ってる?』
――『わたくしは、ミカン、ですわ』
――ミカン、わらしべ長者……それってつまり……
「おい、白石。状況について聞かせろ……白石?」
立ち尽くす秋羽の前にやって来た茉莉が、秋羽を見上げる。
「おい、切り替えろ。今はショックを受けている場合じゃ……」
「……だ」
「え?」
「これは……連続殺人だ」