8-4
「うわぁ、最悪……いくらなんでもやりすぎですよ、
「そりゃあ、あなたでしょ」
「うわぁ、そうだけど、そこまではっきり言っちゃうスか~。もう、これだから最近の子は……」
そう文句を言いながらも、刑事の青年は玄関前に置いていたキャリーケースから雑巾や薬品などを取り出し、
「それで、少しはすっきりしたッスか? 大切な人の復讐は」
「……どうだろう? よく分かんない」
そう素っ気なく答えた後、彼女は虚ろな目で保坂絵里の死体を見下ろした。
「そうだ、通報……」
「あ~それはまだッス。今ちょうど、自白刑事さん達がミカンのお嬢様の取り調べを終えて、解決編に入っている所だと思いますから」
「……そう」
「ほらほら、そこ、どいて」
刑事の青年に言われて、彼女は玄関外へと移動する。その時、血痕が付着した革靴で移動したため、玄関扉付近に小さな紅い跡がついた。
「ねえ、あなた……本当に刑事なの?」
「さあ、どうッスかね」
「……」
「あぁ、そんな睨まないでくださいよ。そこは企業秘密ってことで。こっちも守秘義務があるんスよ。白石サンからも、説明されたっしょ?」
「……」
彼女は無言で、視線を逸らした。
「あの子……お母さんって言ってた」
「そうッスね。まあ女子高生なんてまだガキッスし、最後の最後で親を頼っちゃうのは仕方ないっしょ。大人だって、緊急時に両親頼りたくなるもんスし。自分もあったッスよ。社会人になってからでも、でかい事故に遭って九死に一生イベントした時に、母親の顔が浮かんで……」
「あの子の母親は……」
刑事の青年の言葉を遮り、彼女は言う。
「私を、恨むかな」
「さあ、そんなの……実際そのチャンスを与えられないと、分かんないじゃないッスか。君が、復讐なんてする気なかったけど、そのチャンスを与えられたら、やすやすと飛びついたみたいにね」
「そっか、それならいい」
彼女は無表情のまま、けれども安堵したように言った。
「もし私を裁く人がいるのなら、私はこの子の母親に裁かれたい。それが、どんな形であれ、私は受け入れる。それが罪と罰……でも……この子の母親以外の裁きは、受けたくないな。その資格が、その人達にあるとは思えないから」
「……うわ、面倒くさ。最近の子って、みんな、こんな感じなんスか?」
刑事の青年が茶化すように言うと、無表情だった彼女の顔にほんの少しの苛立ちが滲んだ。
「さっきから、最近の子、最近の子って……おじさんみたいだよ」
「まあ、君から見たら、俺はおじさんッスから、いいッスよ」
あらかた片づけ終わったのか、ずっと屈んで床を吹いていた刑事の青年が腰を上げた。
玄関では、乾き始めた血痕の上で大の字で倒れる保坂絵里。その腹部にはナイフが突き刺さっている。
「ねえ、さっきから何しているの? 痕跡消しているのかと思ったら、血痕とかそのままだし」
「あぁ、それは逆ッスよ。痕跡を残しているんスよ」
「残す?」
「そう……消したのは、部外者の痕跡だけ……これで、君が、君だけが保坂絵里殺害の犯人になれたってことッスよ、
刑事の青年は貼り付けたような笑みを浮かべる。
「ここには、君ひとりでやって来て、君ひとりで突然保坂絵里に襲い掛かって殺害した……それがあの方の作ったシナリオ。俺はあくまでそれを補佐する黒子ッスから……舞台に立てるのは演者のみ……黒子は痕跡残さずに消えるのが、舞台でのマナーっしょ?」
「……ふーん。よく分からないけど、この後、私は何をすればいいの?」
「……ははっ。ちゃんと確認とってくれる点、君は演者として合格ッスね。本当に今回のシナリオの演者は当たりばかりで、嬉しいッス。いっつも、暴走しちゃう演者ばかり相手にしてきたから」
「え?」
「い~え。こっちの話ッスよ……君はとりあえず、自宅待機ッスね。そのうち、
「分かった。そうする。もう、行った方がいい?」
「はい。俺はまだ消さないといけない痕跡があるッスから、退散願いま~す」
「……分かった」
それだけ言うと、彼女は本当に出ていった。
先程まで、怒りと憎しみの混じった顔で少女ひとりをめった刺しにしていたとは思えないくらい、静かで聞き分けの良い子供のように。
「はぁ……あそこまで、言う通りにしてくれるなんて……ほんと、マリオネットの才能あるッスよ。意思のない人形ほど、動かしやすい奴はいねえッスからね。まあ……マリオネットって点は俺も、あんたも同じか……なあ、
「早く、俺を見つけてくれよ……だって……」
「俺を、俺達を裁けるのは、もうお前だけなんだからさ」