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『わらしべ長者』
ある所に、ひとりの真面目な貧乏人がいました。
貧乏人は幸せになりたいと願っていました。しかし貧乏人は貧乏人。何も持たず、何にも挑戦することができませんでした。
どんなに真面目に働いても、貧乏人の生活はよくなりません。
むしろ不真面目な金持ちばかりが得をする。そんな人生に嫌気がさした貧乏人はカミサマに願いました。
「俺の願いを叶えてください」
みすぼらしい格好で、それでも祈り続ける貧乏人を哀れに思ったカミサマは貧乏人の夢の中に現れ、あるお告げを授けました。
「最初に手にしたものが、お前を幸福に導く。それを持って旅に出よ」
貧乏人は嬉しくなり、外に飛び出しました。
しかし貧乏人は転んでしまい、その時にワラを手にします。
貧乏人はカミサマの言葉を思い出し、ワラを持って旅立ちます。
するとアブが飛んできて、行く手を邪魔するように貧乏人の顔の周りを飛び回り始めました。
幸せの道を邪魔するアブに困った貧乏人は、アブをワラに縛りつけて旅を続けようとしました。
すると、泣きじゃくる赤ん坊を抱いたお母さんがいました。
赤ん坊は雷雨のような泣き声を放ち、お母さんは困っていました。
貧乏人の幸せの道は、またしても妨害されてしまいました。しかしアブが縛り付けられたワラを見ると、赤ん坊は泣き止み、手を差し出してきました。
「そんなにこれが面白いなら、あげよう」
貧乏人は赤ん坊にアブが縛り付けられたワラを差し出しました。
「ありがとうございます。お礼に、このミカンを差し上げます」
貧乏人はお母さんからミカンを受け取り、また歩き出しました。
貧乏人がミカンを持って歩き出すと、絢爛豪華な衣装に身を包んだお嬢様が立ち塞がりました。
お嬢様は貧乏人の前で倒れ、「水、水……」とか細い声で訴えてきます。
またしても、貧乏人の幸せの道は妨害されてしまったのです。
「喉が渇いているのなら、このミカンをどうぞ」
貧乏人はお嬢様にミカンを差し出しました。お嬢様はすぐにミカンにたいらげ、立ち上がりました。
「ありがとうございます。お礼に、この反物を……」
お嬢様は貧乏人に豪華な反物を渡すと、貧乏人に道を譲りました。
貧乏人は新たに豪華な反物を手に、また歩き出し――
*
6月9日、時刻は午後6時。
「さて、ミカンのお嬢様、反物の小娘……次は……」
カーテンの閉め切った真っ暗な部屋。
パソコンの証明だけに照らされながら、
「馬と、ゴール……あと2つ、か。そろそろ気付かないと、全員死ぬぜ? 自白刑事」
来栖は今自分がキーボードで打った文字を見つめ、小さく笑みを浮かべる。
『ワラは、灰崎来栖』
そして、その文字を消すと、パソコンの電源を切った。
証明がなくなり、真っ暗になった部屋で、来栖は灰色のパーカーを頭から被るように羽織ると、部屋の扉を開く。
「あっ……」
部屋の扉を開くと、黒髪の少女が立っていた。
もしおかしな点を挙げるとしたら、年がら年中長袖でいる事くらいだが――
「あ、えっと……お、お兄ちゃん、部屋にいたんだ」
「まあな」
来栖が短く答えると、妹は気まずそうに目を逸らした。
「お前こそ、そんな格好で出歩いて大丈夫か? 『鮮血ずきんちゃん事件』の影響で、その制服はいやでも目立つんだし」
「でも、制服は制服だし、私服で行ける学校でもないし」
「そうかも知れないけど……うちは一般家庭で、お前がつるんでいるお嬢様たちと違って、守ってくれる奴らがいないんだからさ」
『鮮血ずきんちゃん事件』の後では、悪い意味で有名になったせいもあり、来栖と同じような配信者や、雑誌の記者が学校近くをうろつく事案が多数あげられた。
そのため、一部の生徒の親は車で送迎をしていた。学校もそういった処置を保護者に求めていたが、それができる家庭は限られる。もっとも、あの学校ではできない家庭の方が少数派ではあるが。
「だ、大丈夫だよ。ていうか、引きこもりのお兄ちゃんは知らないかもだけど、もう世間はそこまで私達に興味ないよ」
「……そっか。何もないなら、それでいい」
来栖はそう言うと、そのまま妹を通り過ぎる。
その時、妹が右手でずっと抑えている左の手首を横目で見ると――すっと目を細くした。
「……ごめんな」
「え? なに、お兄ちゃん……」
「い~や。何でもねえよ。それより、俺、また友達と遊んでくるから、夕ご飯は……残しておいてって母さんに伝えておいて」
「あ、食べるんだね」
「当たり前じゃん。じゃあ、あとよろしく~」
「うん、いってらっしゃい」
「あぁ、いってきます……