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第30話

9-3


「まず、最初に殺された中上若葉なかがみわかばは、春咲はるさきエリカをいじめていた。そしてその姉のアリスが妹の自殺の原因が中上若葉にあると知り、彼女を殺害……そして、次に保坂絵里ほさかえりだ」

 そう言葉にしてみたものも、秋羽あきばはまだ自分の推理に自信が持てなかった。

 何故なら、死んだ人間に対するいじめは証明ができないからだ。

 そういった噂を聞いた、あるいは遺書に書いてあったなどでしか特定ができない上に、『鮮血ずきんちゃん事件』に関わった女子生徒は全員がそういった証拠を残していなかった。

 いじめが日常茶飯事の彼女達にとっては証拠も敵も多すぎたのもあるが、一番の理由としてはからだろう。

死ぬ未来が確定している彼女からしたら、自殺することで世間に訴えることができる。だから証拠など、いちいち残す必要がなかった。

 証拠がない。

 動機が不明。

 それなら、自分達のような刑事が探すしかない。

 そして探す行為が、彼女達から罪を逃れた者達への罰なのだろう。

 だから現状手に入る確実な証拠は、彼女達がいじめられていた事と、いじめていたのは校内でも有名ないじめっ子グループという事だけだ。

 いじめはひとりで行うものではない。

 複数で叩く行為をいじめと呼ぶ。それなら、ひとりの被害者に対して加害者がひとりというのはおかしい。

 もし被害者と加害者を、計算式のように確実に用意するのならば、春咲エリカをいじめていた相手として、中上若葉だけでは足りないはずだ。

 そして、その認識の食い違いが、今回の事件の矛盾点にもなった。

「最初に、ワラとなる人物が、『鮮血ずきんちゃん事件』の被害者たちをいじめていたグループの情報を流す」


 この情報をワラだと仮定すると、わらしべ長者の主人公である貧乏人は殺人を犯す加害者となる。

 加害者がワラという情報を手に、殺人事件という旅に出るとしたら――


「次に、ワラという情報を手にした人物、次のミカンを渡す赤ん坊と母親の役となる人……この人物が、春咲アリス……」

「あ~そういえば、今回は『わらしべ悪者事件』って言ってたね。そうなると……春咲アリスがミカンをあげる母親で、保坂絵里を殺した人が反物をあげるお嬢様ってことか」

「そうですね。普通は、そう考えますよね」

 秋羽の言葉に、初夏ういかは首を傾げた。

「え? 違うの?」

「俺も最初はそう思っていました。だけど……それだと、あまりに事件が単調すぎる」


 ――この事件は繋がっているようで繋がっていなくて、関係ないように見えて関係している。

 ――だから、俺も間違えた。


 ワラという情報を手にした殺人者が、ミカンという条件と交換する。

 そしてミカンという条件を反物という新たな何かと交換し、また次に――


「もし本当に、この事件がわらしべ長者というストーリーに沿って作られたのだとしたら、犯人はひとりになります」

 あるいは殺した誰かが、次に殺人を犯す者に有益な何かを渡す。

 しかしそれだと「交換」が成立しない。だから――

「犯人は貧乏人ではなく、道具の方だったら……どうなると思います?」

「道具って、つまりワラとかミカンとか?」

 そう、あの時、春咲アリスは言った。

 わたくしはミカンですわ、と。

 つまり――

「最初の事件を、中上若葉の自殺未遂と仮定すると……中上若葉を自殺するように仕向けた人物がワラだった。だけど中上若葉を恨んでいる人物は他にいた。だからワラは自殺未遂させた後、舞台からは退場した。ワラからしたら、それでもう自分の復讐は済んだようなものだから」

「それが、中上若葉の、最初の転落事故、あるいは自殺ってことね」

「はい。この時、ワラはを持っていたが、手放したことになります」


 わらしべ長者は、ワラを差し上げる代わりに、ミカンを得た。


「ミカンにあたる春咲アリスは、ワラが手放したを得た。そして春咲アリスは実際に中上若葉を殺害した」

「あれ? でもそうすると、もう事件が終わっちゃわない?」

「いえ、まだです。春咲アリスは、あるものを残しました。ミカンが残したあるものを得た反物にあたる人物が、保坂絵里を殺害する」

 つまりだ。

「そして、反物にあたる人物がまたあるものを残し、そのあるものを得た馬にあたる人物がまた誰かを殺す。そして、また馬にあたる人物が残したものを得た、最後の人物が自分の目的を達成すれば……繋がっているようで繋がっていなくて、関係しているようで関係していない、わらしべ長者……いえ、殺人という罰を犯す悪人が新たな悪人へと引き継がれる、世にも奇妙な、悪の連鎖……わらしべ悪者事件の誕生ってことです」

「えぇ……流石に、こじつけすぎじゃない?」

 初夏の反応はもっともだ。

 これは推理というよりも、想像が大きい。

 根拠も証拠もない。

 ――まあ、俺も最初は灰崎来栖はいざきくるすにわらしべ長者の話をされて、情報源である来栖のチャンネルがワラとなって、その情報に手にした殺人者たちが手を組み、目当ての人物を殺しているのだと思ったからな。

「あ~ていうか、わらしべ長者の話と絡めたせいで、なんだかこんがらがってきた……一旦整理していい?」

「あ、はい」

 初夏が頭に手を置きながら言った。

「えっと……情報源がワラだとしたら、ワラという情報を元に行動を起こし、ミカンを得て、ミカンとの物々交換によって反物になる……この時のミカンと反物が、春咲アリスであって、保坂絵里を殺した人物、ってことよね?」

「ええ、俺の考えでは……」

 まだ推理という想像に過ぎないから、断言はできず、秋羽は小声で頷いた。

「それで、アキくんのいう『ワラにあたる人物』が、中上若葉を精神的に追い詰めて、自殺にまで追い込んだ。そして、そのことをニュースで知った春咲アリスちゃんは、中上若葉がまだ死んでいない、まだ殺せる機会があるって思った」

 つまり妹の仇をとるきっかけを得てしまったわけだ。

「そして春咲アリスちゃんは、ある条件を飲む代わりに、中上若葉への復讐の機会を得て、それを実行したってことよね」

「大体そんな感じです」

「でも、それなら、条件ってなに?」

「それは……」

 秋羽がそこまで言いかけた時、部屋の扉がノックされた。

 今まで話を聞いていた茶園豊ちゃえんゆたかが重たい動きで立ち上がり、ゆっくりと扉を開く。

「君は……」

 驚く茶園とは裏腹に、来ると分かっていた秋羽は立ち上がり、来訪者を見る。

「来る頃だと思っていたよ……灰崎来栖……いや、ワラって呼んだ方がいいか?」


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