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第31話

9-4


 「自白班」は、未成年が容疑者となった事件で、その事情聴取を行う権利を持つ。

 自白法によって、未成年の犯罪は自身の自白でしか裁けない。

 だから罪を認めさせる必要がある。

 そのため、警察学校で行う適性検査に合格した者だけが「自白班」に配属される。


 「自白班」において、もっとも大事なのは難解なトリックを解く推理力でもなければ、多くの証拠を集める行動力でもない。

 必要なのは――人の心理の底を覗き見る、深層心理に対する洞察力。

 色んなものに影響されやすく、自分の中でも善悪が定まっていない――そんな不安定な子供の、心理を見つめ、当人すら知らない深層心理を覗く、推理力だ。

 ここにおける推理力は謎を解く力ではない。

 目では決して視ることの出来ない、深層心理を想像し、推測する能力。


 つまり――


 ――自白班に求められるのは、相手の気持ちを理解する能力。


 最初はそんな「相手の気持ちになって考えましょう」なんて小学校の道徳で習うことを大人になって強要されるとは思わなかった。

 その上、そういったもの自分が選ばれるとすら、秋羽あきばは思っていなかった。

 しかし選ばれた。

 それは秋羽だけではない。

 初夏ういか茶園ちゃえんも、そういった心理分析能力を買われてここにいる。

 そしてその班長である茶園から先程言われた言葉が、秋羽を動かした。


 ――「『自白班』の存在意義を思い出せ……お前なら、できる」


 ――あんたがそう言うなら、そうなんだろうな。


 秋羽は口を出さずに見守るつもりでいる茶園を一度だけ見た後、扉付近に立ったままの来栖を見た。


 灰崎来栖はいざきくるすと初めて会った時、秋羽は「大人をなめた、ひとりで何でもできる気でいるガキ」と思った。

 実際、秋羽や緑区みどりくに対しては生意気で小馬鹿にした態度を取っていたが、茉莉まつりや初夏のような大人の女への態度は下心のある甘えた思春期の男子そのものだった。

 そう、まるで絵に描いたような男子高校生であり――そういった面も含めて、秋羽は思っていた。

 演技がかったガキだ、と。

 台本に書かれた通りに動く役者よりも筋書き通りに動く――頭がいいだけの人形のようなガキ。

 そして、その時の認識はどうやら間違いなかったのだと、今の来栖を見てはっきりと思った。

 演じたような貼り付けた笑みもなければ、怖い者知らずで世間知らずな、無邪気な笑顔もない。

 だからといって冷めきった無感動な目や大人を見下した目もなく――強いて言えば、覚悟を決めた男の顔をしていた。

「あぁ……やっと、気付いてくれたんだね」

 来栖はまた演技がかった笑顔で言った。

「でも、流石に気付くの遅すぎ~。俺の予想じゃ、俺の登場あたりで俺の存在に謎を感じて、春咲アリスが罪を犯す前に……中上若葉が被害者になる前に、止めてくれる筈だったのに……」

 悔しそうに拳を握って、来栖は笑顔で言った。

 その笑顔は泣いて縋る幼い子供のように、秋羽の目には見えた。



「何から話そうっかな~」

 引き続き「自白班」の部屋。

 場所をソファに移動し、来栖が秋羽と秋羽の隣に座る初夏の前に腰かける。

 見守ると決めた茶園は秋羽たちが半ば取り調べを行っているソファには近づかず、自分の席で聞き耳を立てるだけだった。

 茶園は性格上、未成年の子供には罪を犯した相手だろうと甘い。どうしても庇ってしまうのだ。それが茶園の良い所であり、悪癖でもある。

 そのことを理解しているのか、口を出さないように耐えているように、秋羽の目には見えた。

「じゃあ、順を追って話すから、刑事さんたちはただ聞いていてよ」

「あぁ……お前がそれでいいなら、そうする」

「ありがと♪」


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