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第33話

9-6


「だからさ、何で被害者側が遠慮しないといけないのって、初夏ういかは思っているわけ」

 追憶していた秋羽あきばの意識を、初夏の声が引き戻す。

「いじめが辛いなら、学校なんて行かなくていいって言う奴いるけど、何で被害者側が学校へ行く権利を奪われないといけないのって感じで。だって、悪いのは加害者でしょ? なら加害者の方を隔離すればいいのに……だけど、それは絶対にやらないし、できない。ねえ、何でだと思う?」

 初夏の意地悪な質問に、来栖くるすは真っ直ぐ彼女の目を見て答えた。

「そんなの……面倒くさいから、でしょ」

「せいか~い。いじめに関与している奴全員調べるのも面倒くさいし、グループ内のいじめだったら、誰かひとりに責任押し付ければいいだけだし。だから、やらない。来たくなきゃ、来なければいい。あとは知りませ~んってね」

「ぷはっ♪ やっぱ初夏おね~たまとは気が合いそうッスね」

「あはは~またま~た」

 初夏と来栖は笑い合うが、気のせいか、二人とも目が笑っていない気がする。

「まあ、そうですよね~。俺も同じ考えでした。でもクソ真面目な妹には、それが出来なかった。そりゃあ、毎日のように、大人である教師にバカにされてきたんだ。自分が悪いって、思っちゃうでしょ」

「両親はどうしたんだ?」

「知らないよ」

「え? 知らないって……」

「だから、そのままの意味。両親は、妹がいじめられていたことを知らない。今でもな」

「両親が知らないって……」

「妹も隠すの、上手かったからな~。それに、学校で散々大人にないがしろにされて、侮辱されてきたんだ。今さら、大人なんて頼れるわけないじゃーん」

 来栖は明るく言うが、目はちっとも笑っていない。

「まあ、家じゃ普通だったし、あれで気付ける方が鬼スペックだろ。うちの両親は二人とも、普通の人だったし」

 来栖の普通がどのレベルか分からないが、確かに子供の方が隠していたのなら、気付けないのは仕方がないのかも知れない。

 ――というか、こいつ……あんだけ大人をバカにした態度取っているから、てっきり両親とも不仲だと思ったら……めちゃくちゃ、両親も妹も大好きじゃん。

 無意識か分からないが、妹がいじめられている事を話す時、必ず妹へのフォローが入る。

 その上、両親に対しても悪くないと遠回しに言っている。

 ――俺は、どこかで決めつけていたのかも知れない。

 学校を行かずに配信番組をやっている来栖は冷めた家庭で育った。

 大人をバカにするのは親がちゃんとした教育をしなかった。

 ――自白刑事、失格になる所だったな。

 子供の素行は親のせいにはならない。

 子供自身が自分で選んでいった結果だ。

 そもそも、良くも悪くも周りの影響を受けやすい思春期の子供が一番過ごす時間が長いのは家ではなくて学校だ。

 人生においては家庭だが、学生という時間で考えれば学校の方が長い。

 学校の環境は選べるようで選べない。

 学校の環境が合う奴と合わない奴。それで、性格も価値観も、今後の人生も変わってしまう。

 それなのに、それを導く教師は大学出て試験に受かっただけの老いた学生ばかり。

 ――もし、いじめに真剣に向き合ってくれる教師がいたら……

 ――教師でなくても、そういう大人が傍にいたら……何かが変わったのかも知れないな。

 秋羽はふいに茶園豊ちゃえんゆたかの方を見た。

 が、何だか恥ずかしくなり、すぐに視線を逸らした。

 ――何で今、俺……班長を……これじゃあ、まるで俺があの人を……

「あ、あ~ちょっと話が脱線したな。それで、妹のいじめと、お前がやったことはどう関係するんだ?」

「……? あ、えっと……」

 突然早口で先を急かす秋羽を不思議そうに見たが、来栖は話を再開した。



「俺が妹のいじめに気付いたのは、妹の左手首にリスカの跡があったからだった」

 リストカット。

 自傷行為のひとつだ。

 よく病んでいる子がやるものに思われがちだが、自白刑事の仕事の過程で秋羽はそれが誤りであることを知っている。

「でも死ぬ気はなかったと思う。まあ、死んでもいいくらいの気持ちはあっただろうけど」

 リストカットは自傷行為であって自殺行為にまではいかない。

 本当に手首を切っただけでは死ねないから。

 それが、自殺行為ではなくて自傷行為になる所以だ。

「あれだけ、アイデンティティもプライドも、そして将来への希望も……妹は毎日のように踏みにじられてきた。だから妹は思ったんだよ、自分が悪いって」

「それで、リスカ……自分への罰か」

 秋羽がそれに気付いたことが意外だったのか、来栖は一度大きく目を見開いた後、安堵したように目を細めた。

「そう、妹のリスカは出来ない自分への罰。罵倒され、侮辱されたその日のみんなの蔑んだ目と嘲笑う声を思い出しながら、無意識に手首を切った……」

 きっとそれだけが理由ではない、と秋羽は思った。

 リストカットは自分を罰する行為と共にもうひとつの意味を持つ。

 それは、周囲へのSOSのサイン。

 そして義兄である来栖はそれに気付き、一番気付いてほしい両親はそれに気付かなかった。

「妹がいじめられているかもって思った俺は、すぐに行動を起こしたよ」

「行動って、お前、まさか中学に……」

「おいおい。俺をそこらの能無し脳筋と一緒にしないでよ~。せいぜい、妹の鞄に盗聴器仕掛けて、直接的な被害を確認したり……」

 犯罪だった。

「担任教師の過去のクラスでいじめがあったか確認したり、担任教師の学生時代にやらかしたこととか調べたり……それから、同じクラスの奴ら全員、同じく過去から現在まで似たようなことしていないか調べて……最後に、親の職業とか調べたくらいだし」

 思いっきり犯罪だ。

 言うのは簡単だが、来栖の場合は本当に出来てしまうから厄介だ。

「それで、盗聴器の性能を上げて……」

 しかも盗聴器手作りか。

 ――やっぱりスペックが人外……

「主犯と思われる奴ら全員に、妹を含めたいじめの証拠と、妹に対する悪口全部録音したボイスデータを送り付けただけだし……『受験、頑張ってね~匿名探偵より』って手紙と一緒に」

 この時から既に匿名探偵として活動してきたか。

 そして、あえて匿名探偵の名前を使ったのは妹への報復を防ぐためか。

 ――まあ、いじめている奴らも、匿名探偵の妹をいじめていたとは知らなかっただろうが。

「それをやったのが、妹が小6あたりの時で……俺が気付いたのも、そのくらいだったし。だから、そのまま卒業して、妹へのいじめは最後の方はなくなっていたと思う」

 一件落着って言っていいのだろうか。

 暴力を暴力で制した感じだが。

「だから、その時の俺は……これで良かったんだって思った。でも、いじめは終わってなかった」


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