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第34話

9―7


 いじめは終わらなかった。

 そう来栖くるすは言った。

「中学でも続いたってこと?」

 初夏ういかの質問に、来栖は泣きそうな笑顔で首を振った。

「妹は……いまだに、半袖が着られないっ……」

 初めて来栖の声に感情が込められた――気がした。

「猛暑だって言われている日も、薄い半袖を着て学校に行くんだ。何でいつも長袖なの? って、母親に聞かれる度、曖昧な笑みで……学校のエアコンが苦手とか、日焼け対策とか答えて……この先、一生、あいつは半袖を着られないままかも知れない」

 リストカットの代償か。

 過去にした行為は消せない。

 いじめも、リストカットも。一生「跡」という形で残り、決して消えることはない。

 何故なら――過去は、なかったことには出来ないから。

「あいつをいじめていた奴は、何もなかったみたく、それぞれの青春を謳歌している」

 中学は基本的に近所の中学に行く。

 私立のような所謂お受験をしないと入れない学校とは違い、定められた学区内の学校に通うのが決まりだ。

 だから小学校が同じなら、中学も同じ――

「同じクラスになった時にさ、過去に死ねとか、いつ自殺するの? とか言ってきた奴が、まるで小学校から友達だったみたいに、話しかけてくるんだよ。妹の傷は、肉体的にも精神的にも癒えることがないのに、まるで何もなかったみたく……そんなの、だろ」

 拳を握りながら、来栖は俯いた。

 来栖は誰に対しても本心を明かさない人間だと思う。

 それが、自白刑事から視た、彼という人間だ。

 誰にも本心を見せない。演技がかったキャラクターも、貼り付けたような笑顔も、それを隠すためのメイクみたいなもの。

 これが来栖の本心ならば――


『アキくんが、受け止めてあげないと』

『来栖ちゃんは、アキくんを頼っている』


 ――はい、分かっています。


 秋羽は心臓の鼓動に混じって聞こえる母の声に心の中で返す。

「それでも、中学では友達も出来たみたいだから、今さら蒸し返して、今のあいつの……ようやく手に入った平穏な生活を壊したくなかった。だから、見逃していた。当事者である妹が許す限り……だけど、あいつらは全く反省なんてしていなかった」

「中学でも、また妹さんが……」

「いや、中学の時にターゲットにされたのは妹じゃなかった」

 妹以外の女の子がいじめのターゲットにされたということか。

 ――結局、そいつらにとって相手は誰でも良かったってわけか。

「妹は直接、そいつらにいじめられてきたせいもあって、そいつらのいじめのターゲットにならないように、見て見ぬふりをするのが精一杯だった。それでも、中学なんて所詮3年……だから、俺も何事もなければ、何かするつもりはなかった。だけど、あいつらはやっちまったんだよ。いじめという言葉で片づけるには、あまりに軽すぎる、でかい事件を、妹をいじめている奴らは起こした。その結果、ひとり、死んだ」

 待て。

 秋羽はその話をどこかで聞いた覚えがあった。

 いじめが常習になっている生徒達によるいじめ。それを知りながら見逃す学校。

 そして、ひとりが死んだ。

 ――これって……

「おい……お前の妹が通っていた学校って……」

 秋羽の質問に、来栖はフッと笑みを浮かべた。

白桜はくおう中学、そして高校は白桜高等学校……」

 白桜高等学校――

 『鮮血ずきんちゃん事件』の加害者にして被害者となった秋山菊乃あきやまきくのたちが通っていた学校。

 そして――

「俺の妹の名前は、灰崎はいざき 咲綾さあや。そして中学にで命を落とした生徒の名前は、姫崎四季ひめさきしき……妹の友達で、俺が……生涯愛した、ただひとりの人」


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