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第35話

9-8


 灰崎来栖はいざきくるすは生まれた時から、出来ないことがなかった。

 勉強も運動も少しやれば出来た。

 授業で寝ていても、テスト前に勉強すれば満点が取れた。

 運動神経抜群というわけではないが、元々足が長く、筋肉もそこそこあって体格も良かったため、学校の体育程度なら上位にランクインした。

 ルックスも、自他とも認める整った顔立ちの美形だと思う。

 離婚した母親が美形であり、若い頃はモデルだったこともあり、その遺伝子を強く受け継いだ来栖も同じく美しい顔立ちだった。

 まさに、点は二物も三物も与えた――産まれた時からの天才児。

 ハイスペックだった来栖に言い寄る女子や、そんな来栖を妬ましく思う男子もいれば、一緒にいた方が得をすると思って近づく生徒は男女ともにいた。

 そういった輩を上手くかわし、トラブルを避けるために、灰崎来栖というキャラクターは生まれた。

 大人をおちょくり、人生を舐めた、世間知らずな生意気な子供。

 クラスはあまり行かなかったが、変わり者だけどムードメーカー。

 誰にも本音も素顔を見せず、みんなが思い描く灰崎来栖を演じて生きてきた。

 しかし、それゆえ人生に退屈さを感じていた。

 配信番組を始めたのも、最初はそんな退屈を紛らわすためだった。

 きっかけは暇つぶしと、ストレス発散。

 特に他人の秘密を暴くことは面白かった。

 それでもターゲットにするのは、ニュースで取り上げられるほど悪いことをした奴に限定したが。

 ちょっとだけ、ヒーロー気分も味わっていた。

 そんな他人と一線引いた人生を送っていた来栖は、他人を特別だと思うことはなく、これからもそういう相手は現れないと思っていた。


 姫崎四季ひめさきしきと、出会うまでは――。


       *


 来栖と四季の出会いは、運命的ではなかった。

 中学にしてからも妹がいじめに巻き込まれずに生活をしているか心配になった来栖は、妹の下校時間になると、学校近くをさり気なく通るようにしていた。

 妹には気付かれないように、あくまで自然に――

 学校近くを通る度に、妹が複数の女子生徒と談笑しながら帰っていく姿を確認したら帰る。

 それが来栖の日課になっていた。

 妹だけが理由ではなく、時々コンビニに行ったり、そのまま遠出したりと、自分の趣味も満喫した。

 だけど、その日は違った。

 夕方。偶然立ち寄った公園で、妹同じ白い制服を着た少女を見かけた。

 ――白桜はくおうの生徒? 何でこんな所に……

 白桜高等学校はお嬢様学校のような印象があるが、実際はそうでもない。ギャルみたいな子も多い。

 しかしその中でも、公園にいる少女は清楚な雰囲気であり、お嬢様の名に相応しかった。

 妹と同じく校則をきちんと守った、ちょっと長めのスカートの丈や、学校指定の靴下。

 夕方の公園には似つかわしくない少女だった。

 そして、その少女はスカートの丈が汚れることも構わず地面に座り込むと、こう言ったのだ。

「ご、ごろにゃーご」


 ――今、ごろにゃーごって言ったか?

 ――まさかと思うけど、猫のモノマネ? 似てねえ……


 よく見ると、彼女の前にはやせ細った子猫がいた。

 捨て猫に餌でもあげるつもりなのか、少女は子猫に向かって猫の手のポーズなどをしていた。

 当時の来栖は、彼女の行動に好感は持てなかった。

 どうせ拾わないのに野良猫に優しくして、餌を与えたところで意味がない。

 ただヌイグルミを可愛がっている少女じゃ、猫の命は救えない。

 だから野良猫に構う人間に対して、来栖は冷めた目で見ていた。

 そうとも知らず、その少女は子猫の隣に座った。

「ごめんね、あなたを抱っこしちゃうと、私の匂いがうつって、あなたが仲間から嫌われちゃうから……だから、抱っこは出来ないの」

 意外だな、と来栖は思った。

 世間知らずのお嬢様にしては、良い着眼点だ。

「だから、あなたがおうちを見つけるまで、私がサポートします……幸せになろうね」

 そう少女が微笑むと、子猫は耳をぴくりと動かした。

 そして次の瞬間――

「にゃあ!」

 大きな野良猫が少女と子猫の間に割って入った。

 大きな野良猫は少女を睨みつけ、背に子猫を庇う。どうやら親猫の登場らしい。

「あ、違うんです。私、子猫泥棒じゃっ……」

 しかも野良猫に威嚇されただけで負けている。

 野良猫に必死に言い訳する少女があまりに可笑しく、来栖はつい吹き出すように笑った。

「ぷっ……野良猫に、負けてるしっ……うける」

「え?」

 大笑いする来栖と、振り返る少女――それが灰崎来栖と姫崎四季の、奇妙な出会いだった。


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