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第36話

9-9


 来栖くるすには日課がある。

 ゲームのデイリーミッション。ネットニュースで面白そうな記事のチェックと、ついでに株価も確認。

 そして夕方までゲームのレベル上げと、配信番組の撮影。

 妹の下校時間になると、妹の学校近くに出かけ、妹の無事を確認。

 そして――


「来栖さん!」


 近所の公園で、姫崎四季ひめさきしきと会うこと。

 妹と同じ学校に通う、年下の女の子。


 きっかけは野良猫に右往左往する四季を笑ったこと。

 そんな些細で、運命的でもない形で、来栖と四季は出会った。


 来栖も彼女がいたことはあった。

 そのどれも、周囲が思い描く灰崎来栖を演じるために必要なコマに過ぎず、本当に恋愛感情があったかどうかは分からない。

 嫌いではないが、そこまで好きでもなかった。

 それは相手も同じであり、学校で変わり者の天才である来栖と付き合うことにメリットを感じた女生徒とだけ付き合った。

 少しすれば、彼女の方が新しい興味のある男を見つけ、そっちへ行く。

 未成年の恋愛事情なんて、そんなものだと思っていた。


 しかし姫崎四季だけは違った。


 善人を絵に描いたような少女は、来栖が保身のために作り上げた灰崎来栖を許してくれなかった。

 作り上げた灰崎来栖というキャラクターだけでは満足せず、その仮面を破った先にある来栖の素顔を見ようとした。


「来栖さんは、そんな風に世の中を見れるんですね」


 それも、いっそ見下してくれたら楽だったが――尊敬の眼差しで、四季は言った。

 妹のことは教えていないため、四季からすれば公園で会っただけのオシャレな年上の人だっただけだが、彼女は毎日のように公園に通い、来栖に会いに来た。

 近づく人間は全員、味方だと思っているのか、彼女は隠し事ひとつなく、何でも話してきた。

「私、将来はデザイナーになりたいんです」

 そう言って、彼女が見せてくれた、赤ずきんのロゴは愛らしく、彼女の性格が表れているようだった。

「どうですか?」

「あぁ、あんたらしいね。童心を忘れてないっていうか」

「それ、私が子供っぽいってことですか?」

 そう言って、眉を下げた困り顔で怒ってきた彼女が可愛いと思ったのは内緒だ。

「まあ、来栖さんからしたら、中学生なんて子供かもしれませんけど」

「いや、俺もギリ中学生だけど」

「え!? じゃあ受験生!?」

「まあ、俺は天才だから、勉強しなくても、学校なんて選び放題だし」

「いいなぁ……私は今の成績キープするので精一杯なのに……」

「そりゃあ、頭の出来が違うからな」

「もう、どうしてすぐ意地悪言うんですか」

 そんなやり取りしかしてこなかったが、そんなやり取りが何よりも大切な時間だった。


 次第に日課にしていた下校時間の妹の安否確認もしなくなった。

 四季のような少女が同じ学年にいるなら、きっと大丈夫――高校は大丈夫だと確信したからだ。

 全てがうまくいっていた。

 妹が笑って学校に通えるようになって、仮面の奥の自分を見つめる人がいて。

 退屈だと思っていた人生に、一筋の光が差し込んだ気がした。


 あの、運命の日――姫崎四季が、中学の美術室から転落して死亡する日までは。


       *


 ある日を境に、四季が公園に来なくなった。

 ――まあ、約束したわけじゃないし……

 そういえば妹も、テストがあるから部屋で勉強していた気がする。

 ――むしろ、今まで、テスト期間でも公園に来ていた方がおかしいか。

 その日はそう思って、来栖は家に帰った。

 それから何時間も後の、深夜に四季が誰かを探すように公園に来ていた事を知らずに。



 そしてさらに時間が経過した。

 数週間が経過しても、四季は公園に来なかった。

 ――まあ、友達ってわけでもないし……そんなもんか。

 そう思って家に帰宅した来栖が待っていたのは、泣きはらした目の妹だった。

咲綾さあや!? どうしたんだ? 学校で何か……」

「お兄ちゃん……死んじゃった……」

「え?」

「今日、学校で……四季、ちゃんが……死んじゃったよっ……」

「!?」


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