10-1
「
長々と自分の過去について語り終えた来栖は、どこか疲れた笑顔を浮かべる。
それをずっと聞いていた
――おっも……!
――いや重い重い重い!
――俺もお母さんのこととか、他人のこと言えた義理じゃない所はあるけど……
それにしても内容も熱量も重すぎる。
最初は長々と自分がいかに優れた人間、それゆえの孤独などを語っていたと思っていたが、途中で妹の同級生との運命的な出会いときた。
「どこの青春映画だよ」
ボソリ、と
秋羽にしか聞こえない声で言った所は、彼女なりの配慮だろう。
「それで、ハイクルちゃんと姫崎四季の運命的な出会いは分かったけど……それと、今回の事件となんの関係があるの?」
初夏の質問に、来栖は天を見上げるように顔を上げながら答えた。
「俺もさ、あいつらと一緒で……本当に、事故だと思ったんですよ」
「あいつらって……」
「姫崎四季の身内や学校の連中、そして世間……最初は本当に事故だって思ったんだ。転落事故って聞いた時はショックだったけど……」
それは前回の事件「鮮血ずきんちゃん事件」と同じだ。
あの時、被害者にして容疑者となった少女・
しかし実際調べてみたら当時美術教師と、その教師と援助交際関係にあった同級生たちによる殺人に近かった。
将来デザイナーになることを夢見て作り上げた作品は美術教師に盗作され、あとは――
「……くそっ」
姫崎四季に起きた悲劇を思い出し、秋羽は小声で毒づいた。
「でもさ、しょうがないよね?」
来栖が自問自答するように言った。
「だって、そう報道されたのなら、誰だってそう思うじゃん。俺から見た姫崎四季は明るくて優しくて、誰からも好かれそうなタイプだったから……仮にいじめられても、あの子は折れずに戦う。そういうタイプの女だって思っていたし……だから本気で疑わなかったんだよ」
「おい、ちょっと待て。お前が姫崎四季大好きって事は分かったけど」
「別にそこまで言ってないだろ!」
来栖が照れたような顔でそっぽを向いた。
今まで見せてきた作った笑顔でも、お調子者の仮面でもなく――きっとこれが来栖本来の姿。
「それと、今回の事件、何が関係しているんだ? まさか自分が黒幕で、裏から操っていました、なんていうつもりじゃないよな」
「……まあ、似たようなものだから、そう言っても良かったけど……それは違うって、今のあんたなら分かるだろ?」
来栖の挑発的な笑みに、秋羽は頷いた。
「そうだな。お前はそこまでの犯罪は出来ない。出来ないわけが、お前にはある」
この際、個人情報流出や誹謗中傷などは目をつむるとして――この少年には殺人までは出来ない。秋羽はそう確信していた。何故なら――
『アキ君が、悪い事したら、お母さん、哀しいな』
『だからアキ君はそのままのいい子でいてね』
『絶対に、悪いことなんてしたらダメだよ』
『まあ、お母さんはアキ君がそんなコトする悪い子じゃないって信じているけど』
――そう、俺にはこれがある。
心臓の鼓動から伝わる、母の幻影の声。
止まらず動く心臓が囁くように言う。だから、絶対に犯罪には手を染めない。
もし犯罪に手を染めてしまえば、それは自分に命を譲ってくれた母への裏切りであるから。
――だからこそ、俺は誰よりも正しく生きなくてはいけない。
それだけではなく、秋羽には絶対に犯罪に手を染めない理由があった。
それは、今の来栖と同じ理由だ。
「罪を犯す奴は、大体が人生に絶望して、もうどうなってもいいやって考えている奴が多い。だけどお前は違う。姫崎四季の事は哀しみ、憤りを感じていても、そこまでは出来ない。だってお前には、他に大切にしているもの、守らないといけないものが、まだこの世にあるから」
来栖は一見薄情に見えるが、妹のいじめを知った時にいじめをやめさせるために行動を起こしている。ほぼほぼ犯罪なのはこの際目を瞑るとして。
――だから、俺も、こいつも、そこまでは出来ない。
もし自分が罪を犯せば、自分だけの問題ではなくなるからだ。
秋羽にとっての
「そうだ。姫崎四季の事は気に入っていたけど、同じくらい……いやちょっと下くらいの気持ちで、今の家族やネットで繋がっているだけの友達。よく行くコンビニの店長に、ゲーセンで知り合った不良少女……俺には、他にも手放したくない人間関係がある。だから、姫崎四季のために人生を棒に振ってまで仇討ちする事は出来ない。まあ、ちょっとしたお仕置きとして、動画で拡散はさせてもらっているけど」
「それは、この事件が解決したら、徹底的に調べるから、覚悟しておけ」
「え~日本の警察マジ無能だから無駄だと思うけど、りょーかい」
――あぁ、やっぱりこいつ、嫌いだ!