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第40話

10-4


「まず、今回の事件についてまとめさせてもらう」

「え? そこから」

 来栖がキョトンとした顔で言った。

「いや、なんかゴチャゴチャしてきたから……まあ、読者サービスってやつだな」

「うわ、メタ~い。ま、いいよ。俺も知らない所あるかも知れないし、ちょうどいいから照らし合わせようよ」

 来栖がちらりと時計を見た。

 そして意味がありそうな笑みを浮かべる。

 ――時間が何かあるのか?

 いや、これも来栖の揺さぶりかも知れない。

 秋羽はその時の彼の行動が気にはなったが、胸の奥へとしまい、話を戻した。

「最初に中上若葉なかがみわかばが病院で殺され、その次に自宅で保坂絵里ほさかえりが殺された。それが今起きている事件」

「あれ? 中上若葉の転落事故は? 元はといえば、あれがきっかけで、保坂絵里が助けを求めてきたんじゃなかったけか?」

「記憶を捏造するな。保坂絵里がお前のせいでネットで誹謗中傷され、引きこもった所に、お前が『次、この子、殺されるからよろ~』ってやってきたんだろ」

「そうでした~。ていうか、今の俺のマネ? 似てねぇ」

 ああ、いちいち鬱陶しい!

『落ち着いて、アキ君。自分のペース! しっかり!』

 ――はい、分かっています。お母さん。

 興奮によって高まった心臓の鼓動から囁かれる母の声に、秋羽はいつも通り心の中で返事をする。

「中上若葉の転落事故は、

「……!」

 来栖は秋羽の言葉の意味を理解したのか、目を大きく開いた。

 が、すぐに普段通りのニヤケ顔へと戻った。

「うん、懸命だね」

「病院で中上若葉が殺された。この犯人は春咲はるさきアリス。『鮮血ずきんちゃん事件』の関係者である春咲エリカの姉」

「そうそう、お嬢様学校のお姉たま~」

「……」

 落ち着け、秋羽。

 そう自分に言い聞かせてから、秋羽は来栖の場違いなノリには乗らずに続ける。

「春咲アリスを取り調べした時、妙な事を言っていた事を思い出したんだ」

「あ~? もしかして、わらしべ長者の物語になぞられているってやつ?」

「いや違う」

「え?」

 意外だったのか、来栖の表情が固まった。

「あの時、確かにあのお嬢様は言っていたんだ。“譲ってもらった”って。そこで、俺はある想像をした」

 もし本当に妹の復讐のために誰かと手を組み、今回の事件を起こしたのならば――

「最初からミカンとしての役割を与えられているのなら、譲ってもらったなんて言い方はしない」

「そうですか~? もしわらしべ長者になぞって事件を起こしていて、エリカお姉たまはミカンになりたったけど、他のミカンと取り合いになり……最終的にエリカお姉たまがミカンの役割をゲットしたって考えれば……」

「ああ。俺も最初はそういう意味だと思った。だけど、そうはならない。こんな脚本家気取りに、わざわざ昔話になぞらえた殺人計画を考えるような奴が、そんな分かりやすい話にはしない」

 取り調べをする中で秋羽が経験によって手に入れた独自の自白術。

 それは――心理複写だ。

 通常の取り調べならば、相手の立場に立って物事を考え、容疑者となった少年少女たちの心に寄り添う。そうすることで相手に共感し、真実を探り出す。

 だが今回はそれが通じる相手ではない。

 そういう相手にこそ効果的なのは、気持ちに寄り添う共感ではなく、相手になったつもりで思考する、相手の心理を複写する。

 理解出来ないものを、理解する。

 分からないものを、分かろうとする。

 それは全部共感によって生まれる感情だが、その視点はあくまで第三者だ。

 しかし心理複写は完全に自分の人格や境遇、全てを相手のものとして考える。

 ――といっても、誰相手でも出来るものじゃない。

 ――これは俺と同じ……ぶっ壊れた奴にしか使えない荒業。

 例えば――灰崎来栖や、白石のような。

「そこで、俺は考えた。もし俺が中上若葉に最も大切な人が自殺まで追い込まれたら、何をするか……それは……」

 そこで秋羽は目をすっと細くし、来栖を見据えて言った。

 その時、来栖の姿が自分の顔に見えた気がした。

「同じ目に遭わせる」

 そう、同じ目に――侮辱には侮辱、痛みには痛み。全て同じに。

 同じ傷口を同じ場所につけるように、全く同じにする。

「もし俺の大切な人が自殺したのなら、俺も相手を自殺させる……例えば、ネットや学校にいる有象無象を煽って、不特定多数に攻撃され……精神的に追い詰める、とか。そして……」

「心が折れそうな時に……助け舟を出す、ですかい?」

 やはり来栖は自分と同じ顔に笑って見えた。

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