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わらしべ悪者事件 5章

第41話

10-5


「ははっ。大事な人の復讐のために、俺がネットの奴ら煽って、中上若葉なかがみわかばが誹謗中傷されるように仕向けたって言いたいの?」

「まあな。だが、それはまだ準備段階。本命は誹謗中傷による自殺じゃない」

「へぇ?」

「話を聞く限り……こういう言い方はよくないと思うが、中上若葉ははっきり言ってクズだ」

「うわ、警察が言っちゃったよ」

 ここが本当の取り調べ室でなくて良かったと、心から秋羽は思った。

保坂絵里ほさかえりもそうだが、自信過剰な上に自己愛が強く、いまだに自分が悪いとはみじんも思っていないだろう。せいぜい巻き込まれた被害者……」

 保坂絵里がまさにそうだった。

 ずっと自分の保身と、自分の事情ばかり。

 悪い事をしたという気持ちが欠片もなかった。死ぬ間際までそうだったかは、今はもう分からないが。

「そういった奴を自殺させるには、誹謗中傷じゃない。その程度で自殺するようなタマなら、とっくに謝罪していただろうしな」

「はっ、違いない」

「それなら、どうするか? そこで俺は考えた……中上若葉に直接連絡を取る。そしてこういうんだ――あなたは被害者です。僕もあなたと同じ目に遭ったことがあります。その時、僕はある方法で世論を味方につける事に成功しました。それは……自殺未遂です。みんながあまりに叩くから、自殺するまで追い詰めるから……そういう空気を作れば、今度はあなたを叩いていた奴らが世間から猛バッシングを喰らいます。だってほら……実際に悪いのは自分達なのに、生き残った秋山菊乃あきやまきくのを咎める声はほとんどないじゃないですか。だから自殺すればいいんです。もちろん、本当に死なないようにして……」

 中上若葉や保坂絵里みたいな自分は悪くないと心から信じている相手に、どこが悪いかを言っても聞く耳を持たない。

 そういう相手にはどうすべきか――それは相手を完全肯定してやることだ。

 実際に、全ての行動言動を肯定し続けると、相手からは好感を持たれやすい。堕落させる可能性も高いが。

 今回はむしろそれが狙いだ。

「そうやって、みんなの同情を誘うために自殺未遂をするように仕向けた……自分は実際にやったとか言えば、あの手のタイプは簡単に乗ってくるだろうしな」

 特に部屋から一歩も出られないくらい、追い詰められていた時ならば、正常な判断は出来ないからな。

「そうやって、その高さから転落しても捻挫程度で済むとか言って唆し……同時に誹謗中傷も激化するようなネタを大量にバラ撒けば、救いを求めた相手は簡単にのってくる」

 激流で溺れる相手に浮き輪を投げれば、それに飛びつくのと同じだ。

 その浮き輪に大量の重石が仕掛けられている事も気付かずに。

「中上若葉も、保坂絵里も、性格が炎上どころか、火柱起こすレベルの燃料になっている上、彼女たちを形作る過去そのものが火種のようなものだしな」

 そこで一度言葉を止めると、秋羽は来栖を見つめた。自分自身を見つめるように。

「だから、そうやって、自殺するように仕向けたんだろう? 灰崎来栖、いや……ワラのなり損ない」

「……ふはっ……」

 来栖は少しの間の後、吹き出すように笑った。

「あはははははっ! なり損ないか! そうくるかっ! まあ、言い得て妙……大体合ってるな! 俺もこれから使わせてもらおう」

「おいおい。今までのスカシキャラはどうしたよ? それとも、刑事ドラマとかでよくある、犯人じゃない奴はキレて、真犯人は笑うってやつか?」

「あぁ……それに近いかも。実際に経験しないと分からないもんだね。これ、結構、ウケるわ」

 涙が出るほど面白かったのか、目尻の涙を指で拭いながら、来栖は言った。

「まあ、大体合ってるよ。俺は、中上若葉が自殺するように仕向けた」

 これは嘘ではない、と秋羽は思った。

 そう、来栖は「仕向けた」だけだ。

 実際に自殺するかしないかは五分五分であり、もっと他に方法があり、来栖ならその方法を思いつくが、あえてそれをしなかった。

 他の刑事事件などでは殺意の有無が焦点に置かれる。

 しかし来栖の場合、殺意はあるが、確定に至るほど高くない。

 ――死んでも、死ななくても、どっちで良かったって所か。

「でも、自分で言っておいてなんだが、そんなに簡単に自殺させられるものなのか?」

「あぁ、簡単だよ。正確には手間暇かかるし、時間もかかる。難しくはないけど、面倒くさいから、おすすめはしない」

「心配しなくても、やらねえよ」

 秋羽の言葉に、「だよね」と明るく笑いながら来栖は続ける。

「さっき、刑事さんが言った通り、中上若葉は保坂絵里と一緒で、自分は被害者って意識が強かった。ていうか、本気で自分が悪いって思っていないんだ。いじめをした自覚も、誰かの人生をめちゃくちゃにした自覚もなければ、悪いとすらも思っていない。あれだけ中傷され、学校や家族とかリアルで関わりある人達からも咎められても……それでも、まだ自分は悪くないって思っているんだ」

「だろうな」

 保坂絵里も同じだった。

 あの子は自分が悪いとは思っていなかった。

 しかし、それも変わりつつあったように見えたが――

「だから、俺はその心理にのったんだ」

 来栖は続ける。

「もう散々『お前が悪い』って話はされてきたんだ。毎日のように、悪い奴め、悪い奴め、謝れ、反省しろって言われてきた奴に、今更『お前が悪いよ』って言った所で、響くと思う?」

「まあ、余計、頑なになるだけだろうな」

「そーいうこと。だから俺はその逆……あの醜悪最悪劣悪お嬢さんを、肯定したんだよ。右手で炎上を煽り、左手で『あなたは悪くない、被害者だ』って優しい言葉をDMで送って……時々複数アカウントを使って、徹底的に叩く役と、『そこまで言わなくても』『流石に言い過ぎ』って一歩引いた立ち位置から庇う役を交互に行って……」

 これは、思った以上に手が込んでいた。

 来栖なら余裕かも知れないが。

「そして、いい感じに燃えて追い詰められた所で、自殺未遂をするよう唆す。『お前達のせいで、自殺しちゃったよ』『奇跡的に助かったけど、お前達のせいで女子高生が精神的に追い詰められて、自殺未遂したんだ』って……あとは、刑事さんの想像通り」

「……そうか」

「でも、それで……刑事さんはどうするつもり?」

「どういう意味だ?」

「刑事さんだって気付いているでしょ。刑事さんの推理はあまりにお粗末……所詮は想像の産物。証拠はない」

「まあな。確かに、証拠はないよ。でも、だから何だ? 俺は……自白刑事だぞ」

「え……」

 予想外の返答だったのか、来栖は目を丸くした。

 ――こういう顔も出来るんだな。

 少し前まで見てきた演じた人形のような顔よりは生気があって、秋羽は好感が持てた。

「俺達の仕事は、自白させること。自白はすなわち、自分自身と向き合うことだ。罪と向き合い、罰と向き合う。証拠がなくても、アリバイがあっても関係ない。自白とは、自問自答するようなものだから」

「……はぁ……案外、自白刑事としてのプライドあったんだね」

「まあな」

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