10-6
今回の事件の引き金である
犯行動機が、
――それに、今はこいつの動機はどうでもいい。
「だけど刑事さん……俺が中上若葉の自殺を誘導したとして、その後の事件との繋がりはどう説明するつもり?」
この後――自殺未遂をした中上若葉が、
「あぁ……結論からいうと、関係はない」
「は?」
「お前そのものは、所詮はなり損ない。あいつらの仲間には入れてもらえなかった、違うか?」
「おいおい。何言ってるの? だって俺が中上若葉を自殺未遂させたって分かったんでしょ。それなら……」
「結局、それはトリガーに過ぎないんだろ……春咲アリス達にとっての」
「……」
感情が消えるように、来栖は黙った。
「報道で中上若葉の自殺未遂を知った
春咲アリスの動機が分かりやすい。
妹の復讐。たったそれだけだ。
「鮮血ずきんちゃん事件」の報道で、
当然、秋山菊乃たちの個人情報は幼少時まで遡り、次から次へと晒されていく。
それは秋山菊乃たちだけではなく、「鮮血ずきんちゃん事件」のきっかけにもなった
「こいつらが悪い」という声と共に、中上若葉や保坂絵里の名前もネット上にさらされた。
つまり――
「当然、関係者は、中上若葉や保坂絵里を恨む」
秋山菊乃のようにギリギリで命を繋ぎ止めたわけではなく、春咲エリカのように死んでしまった場合は特にその遺族は学校も中上若葉たちも許せないだろう。
「同じ目に遭わせたいって復讐心が芽生えた筈だ。だがそれでも、普通の人間は、どんなに理不尽な目に遭っても待った! をかける」
ようは踏み止まる。
どんなに理不尽な目に遭っても、酷い目に遭わせられても、殺したいほど憎いと思っていたとしても――それを実行しようとは思わない。
理性が、今まで生きてきた社会性が、それを止める。
「だから春咲アリスは、当初は踏み止まった。たとえ妹を死に追いやった人物が身近にいたとしても……刑事ドラマじゃあるまいし、『はい、じゃあ殺します』とはならない。だけど、ある条件によって、その『待った』が殺意に変わる瞬間がある。それが……」
「俺だろ」
自覚があるのか、来栖は乾いた笑いを浮かべた。
「刑事さんの言う通り、普通だったら誰しもストップがかかる。俺だって、友達ってわけでも恋人ってわけでもないけど、姫崎四季を死に追いやった奴って聞いた時は、同じ目に遭えばいいって思った」
「それで、本当に同じ目に遭わすお前も、なかなかだけどな」
そう、来栖はネットや情報を操って姫崎四季を死に追いやった、あるいは妹をいじめていた人物たちが誹謗中傷され、過去に自分がやってきた事をそのまま返すつもりだった。
そして、その経緯で、中上若葉は転落事故を起こし――
「憎い相手が身近にいて、その憎い相手は自分じゃない誰かの手によって殺されそうになっている。そんなの、見過ごせねえよな?」
秋羽が探るように来栖の目を見ると、彼も分かり切っていたのか肩をすくめながら頷いた。
「だろうね。俺がネット民を煽って舞台を整えさせ、背中を押した結果、中上若葉は転落事故を起こした。そして、それを報道で知った春咲アリスは、死ぬほど恨んだだろうな、自分を」
「もし倫理も理性も常識も全部捨てて、中上若葉を殺しにいっていれば、妹の仇をとれたかも知れない。痛い目に遭わせられたかも知れない……」
中上若葉の転落事故は自分の意思によるものだが、春咲アリスから見たら全くの別物に見えるだろう。
報道で知っただけの、面白半分で叩いているだけの不特定多数の見ず知らずの赤の他人。
それが中上若葉を自殺まで追い詰めた。
復讐する機会はあったのに、それをその他大勢の、被害者の事なんて知りもしない奴らに奪われようとした。
それが、春咲アリスの心理だろう。
「だから春咲アリスは、今度こそ自分の手で、確実に殺すために……
そこまで言うと、秋羽は一度言葉を切る。
「俺がもっと早くにこの事に気付くべきだったな。『鮮血ずきんちゃん事件』に深く関わった刑事の俺が、この可能性に気付くべきだった。まさか、こんなイカれたことを、お前のような少年が先に気付くとは思わなかった」
「まあ、俺も普通じゃないからね。まあ、分かり切ってはいるけど、一応今回は答え合わせってことで……刑事さんは、何に気付いたの?」
「今回の事件の容疑者たちの正体……それは、『鮮血ずきんちゃん事件』の被害者遺族たち、なんだろ」