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第44話

10-8


 白石秋羽しらいしあきばの名前の由来は、両親の名前からひと文字ずつとって作られた。

 父親の千秋ちあきと母親の葉菜はな

 秋は父親から、羽は母親から貰ったものだ。

 産まれる前から、ずっと決めていたらしい。

 いつでも秋羽が両親のことを思い出されるように。

 何があっても無償の愛で守ってくれる存在を、どんな時でも味方の両親が傍にいるよと伝えるために。

 秋羽が心臓移植と引き換えに母親の命を奪い、父親に憎悪を向けられるまで――たしかに愛はあった。

 そう、どんな人にも、どんな形でも「愛」はある――憎たらしくなるほど、鬱陶しい愛が。

 やがて善良な人間を人殺しへと変える愛が。

       *

『アキくん』

 心臓の鼓動に紛れ、母の声が響く。

 秋羽はゆっくりと顔を上げる。

 一瞬だが本当に意識が止まっていたようだ。

 時間からして1分も経過していない、ほんの数秒のことであり、目の前にいる灰崎来栖はいざきくるすも気付いていないだろう。

「白石千秋、か。懐かしい名前だな」

「だろうね。もう20年くらい経っているんだっけか?」

「……」

 秋羽は答えず、項垂れるように顔ごと下げた。

 ――ていうか、こいつ……よくそこまで調べたな。

 警察著内の情報通である桃瀬太郎ももせたろうに匹敵するのではないか。

 ――ネット廃人の少年に負ける警察、か……それはそれで笑えないな。

 そんな事を考えながら、秋羽は顔を上げる。

「あぁ、一応聞くが……何で俺のこと、そこまで詳しんだ?」

「おいおい。人を変な趣味あるみたいに言わないでよね。さっきも言ったっしょ。この街そのものが、おかしいんだって」

 来栖は軽く笑みを浮かべながら言う。

「俺もさ、こういう商売やっていると……」

 情報屋気取りが、職人みたいなこと言いだしたよ。

 やはり思春期か。

「俺の意思に関わらず、情報が集まりやすいわけ。それで、違う案件を調べている時に気付いたんだよ……最近の事件の異常さに」

「最近の事件って……」

「最近っていっても、遡れば、結構な数出てくると思うよ。少なくとも、ここ数年、この街で起きている、動機が復讐の事件……どれも本人が考えたとは思えないものも多かったし……って、もしかして気付いてなかったの?」

「管轄外の事件までは、ちょっと……」

「ちゃんとニュースとかで見なよ。気付いている人は気付いているし」

 高校生に正論言われた。

 ちょっと悔しい。

「犯人が逮捕されたものも、犯人が指名手配状態のものも……動機が復讐なものは、全て何かしらの物語になぞらえて出来ている……俺はそう感じた」

 鮮血ずきんちゃん事件のことだろうか。

「まあ、なぞらえているって言っても、『鮮血ずきんちゃん事件』みたく小道具が落ちている程度のものもあれば……本当に童話や昔話のプロットに沿って作られたような事件もあったけど。だから最初は偶然かなって思った。だけど……」

 来栖の言葉で、ふと秋羽は思い出す。

 「鮮血ずきんちゃん事件」の黒幕の影を。

 ――そういえば、桃太郎も言っていたな。

 秋山菊乃あきやまきくのたちを唆し、鮮血ずきんちゃん事件を作り上げた人物がいる。そしてそれは、おそらく――

「白石千秋、か……よくその名前までたどり着いたな」

「まあ、そこは俺の事情で、ちょっとね……」

 何だか上手くはぐらかされた気がした。

「まあ、そういうわけで……とりあえず、まとめると……今回の『わらしべ悪者事件』も前回の『鮮血ずきんちゃん事件』も、考えつき、後ろからさり気なくフォローしている、犯罪コンサルトもどき……それは白石千秋と、その協力者だと思うんだよね、俺は」

「なるほど。俺と同じで証拠はないが……、ってやつか」

 来栖は答えず、ただフッと笑みを零した。

「あ~、それと話戻すと……『わらしべ悪者事件』は、白石千秋によってシナリオが組まれた復讐物語。動機は全員が身内を自殺に追いやった、あるいはその原因となった人物たちへの復讐。方法は『鮮血ずきんちゃん事件』と違い、完全なる殺人。さらに! 面白い所は……この事件の犯人は、全員が隠す気がないってこと」

「あぁ、そうだな」

 それが今回の事件の奇妙な所だった。

 春咲はるさきアリスは隠蔽どころか、自ら犯人として捕まることを誇らしく思っていたようだった。

 だが一点だけ腑に落ちない。

 ――それなら、どうして春咲アリスは服毒自殺をした?

 最初から復讐さえ達成出来れば、自分の人生なんてどうでもいい。そんな雰囲気だったが、それなら自殺する必要はない気がする。

 ――俺は、まだ何か、見落としているのか……?

「いじめの復讐ってさ、一人に絞るのって結構むずいんだよね」

 来栖が何事もない様子で言った。

「だって、いじめって……全員が加担してないと、始まらないじゃん」

「全員? 別にいじめっ子グループだけじゃないのか?」

「あ~これだから、そういう経験ない人は」

「あ!? 俺だって、昔……」

 秋羽はそこまで言いかけるが、途中でやめた。

 何故なら――

『アキ君のこと、からかう子たち……みんな、茉莉まつりちゃんがフルでボッコな感じで成敗しちゃったもんね』

 また心臓の鼓動に紛れて、母の囁きが脳内に響いた。

 ――そうだ。小学生の頃から、あいつはそういう所がある。

 母を失い、父親だった男も行方をくらませ、秋羽の幼少時はそれなりに厳しい環境だった。そういった秋羽を面白おかしくからってくる連中も中にはいた。

 だがそういう奴らは皆、茉莉が暴力で黙らせた。

 ――本当にあいつ、警察にして良かったのか?

「刑事さん? 大丈夫? 顔色悪くね?」

「いや、何でもない……」

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