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第45話

11-1


「じゃあ、話を戻すけど……」

 そう前置きのように来栖くるすは言う。

「いじめってさ……ただ見ているだけの奴って、基本いないんだよ。手は出していなくても、嘲笑する奴。蔑んだ視線を送り、忍び笑う奴。俺からしたら、そういう奴も、、に該当すると思うんだ」

「まあ……たしかに、言われてみれば……」

「だから、本当にいじめそのものに対する復讐なら、学年全員と、学年担当した教員全員を殺さないといけなくなる。さらに言えば、そういう環境を許した学校そのもの、そういう人格を作った家庭……だけど、そいつら全員皆殺しなんて、現実的には難しい」

 殺人自体、現実的に難しい。というか、してはいけないものなのだが。

 この子はこの子で倫理観が狂っている気がする。

「いじめの復讐は、被害者ひとりに対して、加害者ひとり。つまり、復讐できる相手は一人だけ。そう考えたら、刑事さんなら誰を選ぶ?」

「え? そりゃあ……主犯っていうか、グループのリーダーだろ」

「……ありゃ。案外、普通だね、刑事さん」

「あ? じゃあお前はどうなんだよ」

「俺? 俺はもちろん……直近で、一番、目立っていた奴だよ」

「あ~、そういう……」

 来栖が言おうとしていることが、人間の悪意に慣れている秋羽あきばにはすぐ分かった。

「被害に遭った人間からしたら、恨みの矛先が向かう相手。誰にやられた? って聞かれて、即答できるのって、やっぱ記憶として残っている奴じゃん」

 もし、いじめっこグループがあり、その主犯がいて、日常的に仕掛けてくるのは、そのリーダー。しかしその日は取り巻きのひとりが仕掛けてきた。その時点で復讐しようと思えば、恨みが高いのはリーダーではなく、直近で一番恨んだ取り巻きのひとりとなる。

 ようは、選ばれる人間は偶然だ。

 全員憎いが、実際に復讐する相手として選ばれたのは偶然であり、運。ガチャのようなものだ。

 そこはいじめ被害者も同じだ。

 いじめに対して理由はない。きっかけさえあればいい。

 そのきっかけさえなければ、違う人物がターゲットとなり、自分は被害者になっていたかも知れないのだから。

 ――それなら、つまり……

中上若葉なかがみわかば保坂絵里ほさかえりが復讐相手として選ばれたのは、偶然ってことか?」

「まあ、そうなるね~」

 悪びれることなく、来栖は言った。

「俺がその二人を選んだのは、『鮮血ずきんちゃん事件』をきっかけに、当時から有名だったいじめっこグループのひとりとして、既にネットで名前が挙がっていたからだよ。全員晒すつもりだったけど、とりあえずリーダーぽい子を一番最後にして……あとは、適当に選んで、そいつらの過去を順番に調べて、自分のチャンネルで晒した」

 偶然。つまり保坂絵里が先だった場合もあれば、違う誰かになっていた場合もあるのか。

 結局は、加害を与える側の気分次第。

 殺人事件も、詐欺事件も、窃盗事件も、性加害事件も――被害の大小、社会への影響関係なく、この世にある事件は全て、起こす側の気分次第だ。

 ――おっかねえな、人間は。本当に……

「それで、最初に選んだ中上若葉が思った以上にクソゴミ……いや、いい性格していて……SNSでアカウント持っていたみたいだから、当然大炎上。特にこいつは、本気で自分は悪くないって思っているタイプだから、中傷コメントに対しても『私は悪くない!』って返しちゃうレベルだったから……まあ、途中で心が折れて、流石にコメントを返すことはなくなったけど」

「それで、精神的に追い詰められた中上若葉が世間からの同情を買うために、自殺未遂を起こしたってことか」

「そうそう。それで、報道でそれを知った被害者遺族が自らの手で制裁を加えるために、病院で刺殺事件を起こした。ここまではオーケー?」

「ああ」

 それが最初の事件のカラクリ。

 繋がっているようで繋がっていなくて、関わっていないようで関わっている――複雑に絡み合った事件。

「だけど俺みたいな裏側にどっぷり浸かっているタイプじゃなくて、春咲はるさきアリスはネットにも疎いお嬢様。炎上どころか、俺の番組のことまでは知らなかっただろうな。だから知る機会があったのは、普通のニュースで報道された中上若葉の転落事故だけ。そしてどの病院に搬送されたかも、あのお嬢様は知らないし……調べること自体は不可能じゃないけど、あのお嬢様の能力的に無理だ」

 つまり、春咲アリスにそれを教えた人物がいたというわけか。

「そこで登場したのが……ずっと静観していた、ある『影』。俺が中上若葉に自殺未遂を唆す所までも、あいつらにはお見通しだった。まんまと利用されて、俺はワラのなり損ないにされちまったってこと」

「それが……白石千秋しらいしちあきか」

 秋羽の言葉に、来栖は肯定のつもりか無言で微笑んだ。

「俺も体質上、俺の意思に関わらず、やべえ情報が入ってくる。その中で、過去の事件の加害者側の関係者で、『カミサマ』に会ったって言っている奴がいることは知っていた」

 犯罪コンサルト。

 刑事ドラマにありそうな黒幕だが、本当にそんなものが存在するとは。

「俺も、最初は都市伝説程度に思っていたけど……俺のチャンネルのコメントにわざわざあいつらは痕跡残していってさ……それで、そいつらの存在を認めざるを得なくなった。まあ、そこまで、あいつらの計算、いや演出だろうけど」

「コメントって、それじゃあ特定できるんじゃ……」

「いや、でき……なくはないか。でも俺がやらないことも分かっていたんじゃないかな」

「え?」

「ぶっちゃけ、俺とあいつらって思考が似ているんだよね。だから気付けた所もあるし、逆にあいつらに気付かれた所もある」

 思考が似ている。

 復讐心を抑え込んだ相手に、復讐方法を与えることで復讐者にしてしまう奴と、妹や仲良くなった女の子のために犯罪行為スレスレのことをして復讐する来栖。

 ――たしかに、似ているかもな。そして……俺も。

「俺は復讐そのものが間違っているとは思わないし、やるやらないは本人の意思だと思っている。やり方を教えてあげたり、唆しても、結局選んだのは自分自身なんだし。まあ、やるって決めたからには、その選択も行動も、全部自分で責任持てよとは思うけど」

「まあ、そうだな……それで、お前が次に晒した保坂絵里が順番的に誰かに復讐されて殺されるかもって思ったわけか」

「いや、違うよ」

「え?」

「俺が関わった、ていうか引き金を引かせちまったのは、中上若葉の一件のみ。あとは……あんたのパパの仕業さ」

「え、でも……」

「もう、忘れちゃったの?」

 来栖がわざとらしく頬を含まらせていった。ちょっと殴りたい、この笑顔。

「中上若葉の居場所を教えたり、復讐の手引きをしたのは、白石千秋の描いたシナリオ。あの男が、たったひとりのために脚本書くわけないじゃん」

「……! 待てよ。それじゃあ春咲アリスに声をかけた時に、すでに……」

 来栖は無言で微笑んだ。

 否定でも肯定でもなく――それが模範解答を渡すのではあく、秋羽自身に答えを見つけてほしいみたく見えて、不気味に思えた。

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