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第46話

11-2


 来栖くるすは微笑みながら言う。

「そう。春咲はるさきアリスが動いた時点で、もう舞台は整い、物語は終盤だったってこと。俺とあんたのやり取りは、所詮は幕間」

「じゃあ、保坂絵里ほさかえりが殺されるっていうのは……」

 そこまで言いかけて、秋羽あきばはふと今まで来栖が何度も何度も繰り返して教えてきた事を思い出す。

 来栖が自分の番組内で『鮮血ずきんちゃん事件』の秋山菊乃あきやまきくのたちを当時いじめていたと思われる中上若葉なかがみわかばたちの情報を公開した時、既に彼女たちの情報は世間に出ていた。

 報道で知った来栖が、その後、彼女たちを晒したのだから。

 来栖がやったのは第二弾であり、最初の情報じゃない。

 ――もしかしたら、俺が「鮮血ずきんちゃん事件」を解いて、その情報が世間に報道され……当時いじめを行っていた中上若葉たちの情報が外に出るまで、全部……

 ――全部、あいつのシナリオ通りだったのか……?

 いや、もしかしたら「自白班」として「鮮血ずきんちゃん事件」を解決するまで、全部が――

「つまりさ……」

 来栖の言葉で、秋羽はハッと我に返る。

「中上若葉が転落事故を起こした時点で、春咲アリスに憎悪の炎と再熱して復讐者になった時点で……もう他の配役も脚本家によって選ばれていたってこと」

 来栖の言葉で、秋羽は一瞬浮かんだ考えを振り払い、目の前の来栖にだけ集中する。

「だから俺は、中上若葉の次に晒していた保坂絵里が、次のターゲットになるって予想した。そして予想は見事的中して、保坂絵里はやっぱり殺された……いや、もしかしたら……」

 来栖は考える仕草をしながら言う。

「そこまで全部、シナリオ通り、なのかもね。俺が次に殺されるのが保坂絵里だ! って自白刑事を頼る所も、俺というナビキャラが来てから、あんた達が保坂絵里に接触する所も、全部……」

「それは……」

 そうかも知れない。

 だが認めたくないため、秋羽はその先の言葉を呑み込んだ。

「じゃあ、逆に次は誰なんだ?」

「え?」

 秋羽の問いに、意外だったのか来栖がキョトンとした顔になった。

「俺も、実際保坂絵里が本当に殺されるまで半信半疑だった。だけど実際殺されて、今は半信半疑じゃなくて、全信ゼロ疑で信じられる。だったら、次が誰か分かるだろ? お前なら」

「……刑事さん」

 そう静かに呟いた後、来栖は立ち上がる。

「俺は所詮ナビキャラなんだよ。その俺があんたに教えられるのは、この事件は被害者遺族たちの復讐。ターゲットは気分で選ばれた。そして春咲アリスの復讐対象として中上若葉、夏原なつはらユリの復讐対象として保坂絵里。そうくれば、あとは誰が分かるね?」

冬海ふゆみツバキ……」

 秋羽の回答に、来栖は笑った。

「大正解。そして俺を殺すのは、俺によって被害を受けた奴ら……憎しみは連鎖するってことだよ。だから……俺は先に退場する」

「え?」

「あとは、任せたよ……主人公」

 来栖はそう微笑んだ後、窓際に向かった。

 そしてカーテンが翻った時――鈍い音と共に、硝煙の匂いが漂った。

「くる、す?」

 窓際で倒れる来栖と、胸付近から流れる血液。

 狙撃された。その事に気付くのに少し時間がかかった。

「おい! 誰か来てくれ!」

 秋羽は大声で叫びながら、来栖の傷の具合を見る。

 傷口は肩。僅かに身体をずらして心臓への直撃を避けている。

 ――ということは、こいつ、自分が撃たれるって分かっていた?

 その時、来栖を抱き起す秋羽の目に、何か光るものが見えた。

「……!」

 秋羽の脳に、複数の問いかけが巡った。

 何故、窓が全開になっている? ――それは誰かが開けたから。

 何故、来栖はわざわざ窓際に行った? ――それは誰かに撃たれるって分かっていたから。

 何故、このタイミングで来栖が撃たれた? ――それは、分からない。

 何故、警察著内で、発砲できた? ――それは……

「アキくん! どうしたの!?」

 血相を変えた黄崎初夏きさきういかが部屋に飛び込んできた。

「白石、何事だ!?」

 少し遅れてから、茶園豊ちゃえんゆたかが入ってきて――秋羽の腕の中の来栖を見る。

「黄崎くん! 先に救急車の手配を!」

「は、はい!」

「救急隊以外は部屋に入るな!」

 騒ぎを聞きつけてやってきた警察著内にいた人間や、警察官として現場を荒らさないように咎める茶園の声すら、秋羽にはどこか遠くのものに聞こえた。

 今、秋羽の脳内にあるのは、たったひとつの回答。

 来栖が何度も何度も同じことを繰り返し、その可能性を暗に伝えてきたから。

 それでも秋羽は気付かないでいた。

 だから、なのか。秋羽が気付こうと気付くまいと、そういうシナリオだったかは不明だが――今、解っているのは、ただひとつ。


 ――警察著内に、裏切り者がいる。

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