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わらしべ悪者事件 6章

第51話

11-7


「アタシと保坂絵里ほさかえりは、小学校が一緒だった。あの子は昔から、無神経っていうか、他人の気持ちを想像する力がなかった」

 それは、何となく分かる。

 会話したのはほんの数回だが、絵里から感じ取った感情はいつも「アタシは悪くない」といったもので、少しの反省もなかった。

 最期に、あの子がどう想ったかは不明だが。

「あの子がいじめられた原因も、あの子が他の子たち……特に雰囲気や噂とかから、やばいの分かっているスクールカースト上位女子たち……その子たちを、ただ友達同士の悪ふざけの延長で、からかったり、煽ったりして、怒らせたのが原因。1度や2度は、まあムカつく奴だなって、みんな、スルーしていたけど……あの子は、それがみんなに受けていると思ったのか、似たような態度で、たいして仲良くない、ただクラスが一緒ってだけの他人に、ずっとウザ絡みを続けた」

 舞は恨み事を言うように続けた。

 ――視る人が変われば、世界も変わるってところか。

 保坂絵里はいじめられ、周りから酷い目に遭った可哀想な子だと思っていた。

 だからいじめてくる奴ら全員が悪者で、自分は救われるべき可哀想な主人公といった態度を取っていた。

 だが、それは保坂絵里の立場から見た世界だ。

 保坂絵里たちグループから実害を与えられていた秋山菊乃あきやまきくのから見たら、保坂絵里は悪者に見えるだろう。

 そして、当時のクラスメイトだった鈴木舞から見たら、また違う保坂絵里が見える。


 ――俺が刑事の立場からしか、この子達を見ることが出来ないみたいに……


 いや、見ようとしない、が正しいか。

「それでも、アタシは友達だったから……それとなくフォローしたり、取り繕ったりした。まあ、絵里は全く気付いてなかったみたいだけど……それ、なのにっ……」

 舞が拳をギュっと握る。

「あいつは、アタシがしたこと、全部無駄にした! アタシが、絵里がいじめれないように、他の女子たちと仲良くすれば、『裏切るんだ』って言ってきたり……はぶかれている時に仲間に入れようとしても、不貞腐れた態度取ったり……そういう態度ばっかり取るから、クラスではどんどん孤立していって……アタシだって、絵里の面倒ばかり見ていられない。だって、アタシ、同い年だよ? 何で、同じ年の、同じ経験しかないアタシに……本来大人がやるべきことを求めるの? おかしいでしょっ……」

「……」

 秋羽は何も言わず、話を聞いていた。

「それで、絵里は簡単に転校してさ……その時、学校に、『友達はいない』『みんな、私をいじめている』って言い残したんだよね。その時、思ったよ。アタシのしてきたこと、全部、無駄だったんだって……そりゃあ、アタシも、絵里を優先したわけじゃない。自分の立場を守るために動いていた。性格悪いって分かりながらも、あの子たちと友達ぽく振舞わっていたのも、絵里のためだけじゃない……クラスで、自分の立場を悪くしないため……だけど、全く絵里のことを考えていなかったわけじゃない。アタシはアタシなりにフォローもして! ちゃんと、やっていた! なのに、絵里は、それを全部、なかったことにした! アタシのことも、最初からいなかったみたいにした!」

「裏切られたと思ったか?」

「そりゃあ、思うでしょ。それに、あの子のことを恨んでいたのは、他にもいる。あの子が気付かないだけで……あの子の無神経な発言に傷ついた子たちや、被害者面しているけど、実際は加害者だったこともあった。だけど、もう引っ越したし、今後関わることはないって思っていた」

「じゃあ、その時点では恨んでいなかったのか?」

 舞は軽く笑いながら頷いた。

「当たり前じゃん。嫌な別れ方だったけど、アタシの人生は絵里だけで回っているわけじゃない。だから、アタシはアタシの人生を歩んでいた」

 友達だけが人生じゃない。学校だけが世界じゃない。

 こういう点は秋山菊乃たちとは真逆だ。あの子たちは青春の中のひと時限りの時間に囚われ、たったひとりに固執した結果、歪な友情で結ばれた。他にも、向けるべき世界はたくさんあったのに。

「だけど、例の、あれ……」

「あぁ、『鮮血ずきんちゃん事件』だな」

 こくり、と舞は頷いた。

「あれがきっかけで、絵里が原因になったいじめ問題で、加害者側として、ネットで色んな噂が出回っていたじゃん」

 来栖のせいでな。

「途中でやめていたけど、当初、絵里はわざわざクソリプに返信していたの」

 クソって言った。

「私は悪くない! って……その時、思ったの。あぁ、何も変わっていないんだって……その上、わざわざ違うアカウント作って、他人のふりして、保坂絵里はいじめられた被害者で、こうなったのはあいつらのせいって……アタシたちの名前、出したのよ」

「え!?」

 それは知らなかった。

 てっきり、いじめられているのがバレたくないタイプだと思っていたが。

「まあ、でも一瞬で炎上して、すぐ投稿消してっていうか、個人名は流石にアカバン対処じゃん」

「あ~……たしかに」

「その時、思ったのよ。こいつはマジな寄生虫……自分が悪いとは全く考えられないんだって」

「だからって、お前は、行動に移すタイプではないだろ」

「……」

 今度は舞が黙った。

「お前はムカついていても、何とか取り繕って、上手く生きようとしている。他の奴らみたいに、妹の仇! って憎しみを募らせているわけでもない。だからこそ聞きたい……お前の殺害理由はなんだ?」

「……アタシは……」



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