先輩が、自身のつらい過去と、私を好きになったきっかけを話してくれた。
きっと誰にも語ったことのないような話。
どうして今まで教えてくれなかったのかな……。
それは、私の方が彼を信用してなかったからなのかな。
だとしたら私も彼のこと非難出来ない、よね……。
「それじゃあ、ちゃんと君に説明するね」
「ええ、先輩」
先輩は、カップを手に取ってコーヒーを一口飲むと、蝋のように白い顔をほんのりと赤く染めて、少しはにかみながら語りだしたの。
「初めて教室で君を見たとき、僕は心臓が止まる思いがしたんだ。
そして、二度と埋まることのない胸の痛みが、これで癒えるかもしれないと思った。いや、もっと身勝手な想いだ。君でこの心の穴を埋めてしまいたい、と強く願ってしまった。
一瞬で頭の中は君のことで一杯になり、目が離せなくなった。
それからは知ってのとおり、僕はどうしても君を見ていたくて、知りたくて、つけ回してしまった。
最初は身勝手な代償行為のために君を求めてしまったものの、君の日常を盗み見ているうちに、ああ、なんて可愛らしい人なんだ、友人に向けるあの笑顔を自分にも向けてもらいたい、言葉を交わしてみたい、熱心に学業に打ち込む君の手助けをしてみたい、そして自分の名を呼んでもらいたい――と色んな欲望が沸いてきてしまったんだ。
しかし、こんな異様な動機で君に求愛していいものかとしばらく悩んだ。近くから見ているだけにしよう、諦めよう、と自分に言い聞かせたこともある。だけど……どうしても、どうしても諦めきれなくて。だから……」
そんなに思い詰めて……。
「単純に、お人形みたいだから好きになった、って言われたら、さすがにそれは気分悪いかもだけど、でも、その人にとってものすごく大切なものを、失って出来た大きな心の穴を埋める存在、それが私だというのなら、それは、素敵なことだなって」
「ミラ……君って子は……」
先輩が感極まって泣き出した。
私、男のひと、泣かせちゃった……。
でも……、いくらなんでも学食で告らなくったっていいのに。
なんて微妙な顔で考えていたら、
「ねぇ、君ってもしかして僕のこと、物好きなロリコン男だとでも思ってた?」
「あッ!」
「やっぱり」
「うぐっ………………」
「ん~……フクザツだな」
「で、でも周りの人言ってたし……。ごめんなさい」
「いや、ちゃんと言わなかった僕が悪いんだ。色々不安にさせてごめんね……」
彼はいつものように微笑んで、私の髪を優しく撫でつけたの。
そして、気付いたら私は、いつのまにか彼の腕にやさしく抱かれていた。
なんでだろ……なんか胸が苦しくなってきた。
苦しいほど強く抱きしめられてるわけじゃないのに。
そっか……。
誰かを好きになると、こんな風になるのね。
こんな風に胸が苦しく……。
私はいま、ユノス・シンクレアが好きになったんだ。
それって、やっと彼の本音が聞けたからなのかな……。
「ううん。私ね、今までずっと周りから忌み嫌われていたから、ずっといらない子だったから、誰かの役に立ったり、心を埋められるなんて……何だか、とてもうれしくて……」
「いらない子だなんてとんでもない! 君はいつも無邪気で可愛くて、本当に可愛くて可愛くて見飽きない、僕の大事な大事な宝物なんだよ。もちろん、君のご両親だってとても愛してくれているよ」
「うん、ありがと……」
そこまで言われると、嬉しいけど……ちょっとくすぐったい。
「ミラ……大好きだ。ずっと一緒にいたい」
彼は私を抱く腕にぎゅっと力を込めた。
でも、その力強さ、いやじゃない。
男の人って、華奢に見えてもやっぱり力は強い。
頭を胸に押しつけられてるせいで、イヤでも彼の激しい鼓動が聞こえてくる。
こっちまでつられてドキドキがひどくなってきちゃった。
今まで彼に好きだと言われても、どこかリアリティがなかった。
でも今日の彼は……。
だから。
「私も……好き」
先輩が息を飲んだ。
数秒固まると、私の肩を掴んで体を僅かに離し、まだ信じられないのか、目を見開いて私の顔を覗き込んだの。
「ほ……ホントに? 僕のこと……?」
私は小さくうなづいて、
「ずっと、片思いさせてごめんね、先輩」
先輩は感極まった様子で、
「う、嬉しいよミラ、ああ……嬉しいよ」
そう言って先輩は、本当に文字通り嬉しそうに私を抱き上げると、何度も何度も私の名前を呼びながら、部屋の中をぐるぐる回ったの。さすがにこれ以上は目が回る……ってところで私をキッチンカウンターの上に座らせたの。
それから、先輩は今までの想いを吐き出すように、私を激しく抱擁し始めたの。
抱きしめられて、胸と胸が触れ合い、彼の強い鼓動が私の胸に伝わってくるの。先輩が、すごい、ドキドキしてる。つられて私もドキドキしてきちゃった。
「ミラぁ……」
先輩がものすごく色っぽい声で私の名前をささやくと、ゾクっとしてしまう。
決していやな感じじゃないのだけど……。
「先輩……」
「ユノスと呼んで」
「ええ。ユノス……」
「ミラ、愛してる……君の全部、愛してる」
先輩は私を抱きしめ、髪とか背中とかを撫で回したり、私の顔に頬ずりしたり、好きで好きでたまらないって気持ちが行動に溢れていたわ。
今までの彼はきっと、あれでも気持ちをぎゅ~~~っと胸に押し込んでいたのね。詰め込んでもしまい込んでも溢れてくる『好き』が、彼にあんな奇行を……。
ごめんね、ユノス……。
こんなに私のこと好きだったのに、自由に愛させてあげられなくて。
でもこれからは……。
彼の吐息が、私の耳元に、ほほに、首筋にかかって、たまらない気持ちになるの。
息だけなのに……。
そして、私の唇を……美味しそうに、愛おしそうに、貪り始めたわ。
『ダメ。いま飢えてるから』っていう彼の言葉の意味。
少し分かっちゃった気がする。
だってこんなに、こんなに……ああ。
私……彼に。
食べられていく……。
いままで、あんなにうっとおしく思ってたのに。
彼の強い想いが、今はとても、気持ちいいの……。
私は
でも、自分を求められることが、こんなにも心地良いなんて……。
心を埋めてもらったのは、本当は私の方だったのかもしれない。
彼が、うわごとのように耳元で囁くの。
「君は……僕のものだよ。誰にも君を渡さない。どこにも……絶対……行かせやしない……もう、二度と……手放しはしない……」
いつしか私は、彼の首に腕を絡めていたわ。
彼にはもう、さみしい思いをさせたくない。
だから。
「どこにも……いかないよ……ユノス」