私と先輩――ユノスが、彼の部屋で抱き合って、お互いの唇を重ねていたときのこと。夢中で私の唇を貪っていた彼が、急に苦しみ出したの。
「んぐ……ぅぐぐ……ぐぐ」
時折歯ぎしりに、呻き声が混じって……。
とてもつらそう……。
「どうしたの? 具合……悪いの?」
「大丈夫だよ……」
と苦しそうに答えると、彼は私を抱き上げてキッチンカウンターから下ろしたの。
「……済まない。こんな……はずじゃ……なか、たんだ」
「大丈夫じゃないでしょ、病院に行きましょう先輩」
「だめ、だ……このまま、じゃ……僕から、離れ、て」
「離れるって、どうして」
先輩は眉間にしわを寄せて、
「お願いだ、帰ってくれ。ミラ……ここにはもう……二度と…………来ないで」
彼は口元を押さえて苦しそうにそう言うと、私をキッチンの外へと強引に押しやったの。だけど私だって、黙って追い出されるわけにはいかない!
「来るなって、どういうこと? ねえ、どこか具合悪いの? 先輩、ちゃんと教えて!」
「頼む、帰ってくれ!!」
って叫ぶと、先輩は壁を拳で強く叩いたの。
ドンッ、って大きな音が部屋中に響いたわ。
「私じゃ役に立てないの? 子供だから?」
彼は、頭をぶんぶん振って、
「違う! とにかく今は帰ってくれ!」
「貴方が心配なの! ねえ、病院にいこう?」
「今は、ダメなんだ。危ないからすぐにここから出ていってくれ!」
「危ないって何が⁉」
「頼むミラ、すぐに外に出てくれ!」
キッチンの入口で押し問答をしていると、また彼が苦しみだしたの。
「ダメだ、ミラ……危ない、僕から離れて」
「いや! だから危ないって何? 先輩、ちゃんと教えて!」
「出ていってくれ! 今すぐ! じゃないと僕は……グッ……ううう」
「貴方が何言ってるのか全然わかんない! わかんないよぉ!」
パニックを起こした私は、必死に先輩の腰に抱きついたの。
苦しんでる彼をどうにもできなくて、でも離れたくなくて。
「違う、違うんだっ……ぐッうううううううう――――ッッ!」
突然、私の頭の上で、彼がくぐもった叫び声を上げたの。
そして次の瞬間、私の頬に何かがぽたり、と垂れてきて……。
一瞬で我に返った私が見上げた先には、
鮮血に染まった彼のシャツ。
じわじわと、赤いシミが広がって――。
「先輩! ああっ! う、腕から血、血がぁっ」
「ぐ、ぐううう……うぐッ」
そして、何故か彼が自分の腕を咥えてるの。
「どうしたの⁉ 大丈夫⁉」
先輩は腕を咥えたまま、くふぅ、くふぅ、と荒く息をしてる。
でも腕から口を離す気はなさそう。
なんでだろう、と思って良く見ると……。
「え……きば? 牙ぁ⁉」
腕に深く打ち込まれた、彼自身の白い、牙。
私が驚いて先輩から離れた瞬間、彼はその場に崩れるように膝を突いたの。
そして、自分で噛んだ腕を庇うように手で押さえると、私から顔を背けて俯いた。
「……大丈夫。血はすぐ止まる……落ち着いて、ミラ」
先輩は、血を流してるのに苦しそうじゃない。
むしろ血を流したから、苦しいのが止まったように見えたの。
どうして……。
牙。
血。
あ……。
もしかして。
彼は、もしかしたら――。
私は、彼が
恐る恐る先輩に近寄ると、彼は震えてた。
「もしかして……貴方は、吸血鬼、なの?」
「……ごめん。ごめんよミラ。君には隠し事ばかりで……もう、ダメかな……僕たち……」
先輩は床にうずくまり、震える声で、そう言ったの。
その声があんまりにも悲しくて、彼が泣いているのが分かったわ。
だから、怖いって気持ちは、すぐに消えていったの。
「で、でも……昼間でも平気で……え?」
私も彼のとなりにペタリと座り込んだ。
タイルの上には、点々と彼の血が。
私がおとなしくなったせいか、彼は、ゆっくり話し始めたの。
「……君の想像は、半分は合っているよ。僕はね、
「そうだったのね……」
誰もが『人外』を空想上の生き物だと思っていたのは、もう百年も前のこと。
ダンピールの存在くらい、知識としては知っていたわ。
でも、たとえ彼等が合法的に血液を調達していたとしても、あまりいい気はしない。残念だけど、それがわたしたち一般市民のふつうの感覚だったわ。
でも、それが愛する人であったなら、事情は違うはず――。
「さっきの『飢えてる』って、血のことだったのね……」
彼は小さくうなづいた。
「君を護りたくて……。だから、遠ざけようと……。済まない……」
「ううん。分かってあげられなくてごめんね……先輩」
「分からなくて当然だ。君は悪くない……」
彼は力なくそう言った。
「今度こそ、僕のことイヤになったろう?」
「ううん……そんなことない」
「え……?」
「その程度のことで先輩をキライになりたくない。せっかく先輩のこと好きになれたのに、キライになったり出来ないよ!」
ダンピールだって普通に生活してるし、何より彼の両親は異種族同士、吸血鬼と人間で結婚してるのだから、何も問題はないはず……。
「ミラ……無理しなくていいんだ」
「いいえ、先輩。わたし、だいじょうぶだから!」
私は、そっと彼の背中をさすってあげたの。
安心してほしい、って思いながら。
先輩がポツリと言った。
「大丈夫……ね」って。
「だって、貴方のご両親だって、そうだったでしょ?」
「……そうか。ああ。確かに、そうだね。だけど……」
「私だってこの国じゃ、異邦人のヤシマ人だもの。広い意味じゃ異種族だわ。だから大丈夫。二人に愛があれば。……ね?」
「………………ありがとう。受け入れてくれて。愛してるよ、ミラ」
「私もよ、先輩、いえ、ユノス」
「あり……がとう……本当に……」
彼のシャツの袖が、真っ赤に染まっているのは……。
きっと吸血の衝動を抑えるために、自分の腕に噛みついたんだ。
こんなに彼を追い詰めたのは、私のせい。
彼は何も悪いことしてないのに……。
ごめんなさい……。
ようやく泣き止んだ先輩は、傷ついた腕を庇うように抱えてた。
その庇った手の指の間からも血が流れ落ちて、白い肌に赤い筋を作っていたの。
早く手当しなくちゃ……。