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第16話 買い物日和

「ミラ、忘れ物はないかい?」

 部屋のドアに鍵を差しながら先輩が声をかけてくれた。


 廊下は薄暗く、突き当りにある窓から少しだけ光が差し込んでいて、先輩の白い横顔を浮かび上がらせていた。

 明るい我が家で見る彼とはまた違って見えるのは、彼がダンピールだと知ってしまったせいも少しはあるんじゃないかな、って思う。


 外出する時、先輩は壁に掛かっていたあの黒いコートを着るのかなって思ってたんだけど、木箱の中から別のコートを引っ張り出して着てた。これはこれで似合ってるけど、あの黒いコート姿も見てみたかったから、次におじゃまする時にでも着てもらおうかな。


「ええ。大丈夫よ」

「じゃあ閉めちゃうね」


 先輩はそのまま鍵をガチャリ、と掛け、鍵穴から引き抜いた鍵をコートのポケットに無造作に突っ込んだ。


「次は起きてる時に来るんだよ、ミラ。いい?」

 唐突にクギを刺しはじめる先輩。よほど困らせてしまったのかしら……ね。


「ええ。っていうか、これからは放課後に先輩のおうちに行けるわね」

「ぐっ……。しょっちゅう来る気かい? それはさすがにマズいんじゃないかな」

「どうしてよ。一番安全な場所でしょ?」

「それはそうだが……。あんまり寄り道ばかりしていると、ご両親が心配してしまうよ?」

「だって二人きりになれる場所ってここしかないじゃない?」

「くううう~~~~ッ」


 先輩が頭を抱えてのけぞってしまった。

 多分ホントは嬉しいんだと思う。

 ここでダメ押しよ! ミラ!


「あとで二人きりになれると分かってたら、いちいち休み時間に会いに来なくても済むんじゃない?」


 すると先輩はシャキっと復活し、真面目な顔で言ったの。


「いや、それは別の話だから。ちゃんと休み時間にも会いに行く」


 えええ……。

 そんなに力強く宣言しなくても……。


「とりあえず血の方はどうにかなったとしても、お仕事とか大変でしょう?」

「た、大変じゃない……よ?」


 斜め下に視線を投げながら言わないでください、先輩。


「ユーノースー?」

「大変じゃ……ない……かもしれない」

「なーんーですってー?」

「大変かも……しれない。……少しは……まあ」


 まったく、強情なんだから。


「無理しすぎ禁止よ? 心配する方の身にもなってもらわないと」

「ごめん……」

「それに、他の師範科の人に手伝ってもらってる時点で、もう他人に迷惑かけてるんだから。自覚ある?」

「…………少しは」


 バツの悪そうな顔の先輩、ちょっとかわいい。


「とにかく、今の先輩がするべきことは、自分の体の回復。いいわね?」

「わかったよ、ミラ。……じゃあ、行こうか」

「ホントに買いにいくの?」

「当然だよ。これは受け取ってもらわないと僕の気が済まない」

「はいはい。じゃ、行きましょう」


 すると先輩は、すっと自分の腕を私の横に出してきた。腰に手を添えてるから、これは……腕を組もうってことなのかしら。

 まあ、お姫様だっこよりは恥ずかしくないから、組んであげてもいいかな。


 私は彼の腕のあいだに自分の腕を通して、彼の二の腕に掴まった。

 彼の腕、硬いな、って思った。

 これは筋肉がいっぱいあるってことなのかな?


 先輩が自分の腕を噛んでシャツが真っ赤になっちゃったから着替えてたけど、後になって思い出すと、彼ってけっこう着やせするタイプみたい。裸の上半身にはしっかり筋肉ついてたし……。


 ほんとは強い人、なのかな?



     ◇



 というわけで私と先輩は、彼の自宅ちかくの洋品店に来たの。

 先輩ったら、私の首の傷を隠すためにスカーフを買うって言ってきかないから。


 でも、そのお店というのが……。

 私はすっかり気おくれしてしまって……。



「先輩……やっぱり悪いよ……」


 彼が連れていってくれたお店は高級店で、どれもお高いの。

 そりゃあ、クリスの家みたいなお金持ちなら、普段遣いの服もこんなお店で買っているんでしょうけど……。


「値段を気にしているのなら、問題ないよ。使い道のない金だし、君のために使えるのなら本望だよ、ミラ」


「でもぉ……」

 なんだか彼にたかってるみたいで、すごく気が引けちゃう。


「気に入ったのがあれば、何枚でも。ね?」

 そう言って先輩は、あれこれスカーフを手に取って私に見せるの。


「う~ん……」

「お礼のつもりなんだけど……な。それに、君のハンカチも汚してしまったし」


 血のお礼……かあ。

 まあ、普段はお金だして血を買ってるって言ってたし。等価交換と思えば……、いやいや、それにしたって高すぎだわ! だいたいちょっとしか飲んでないんだし!


「そんなにアレって高いの? 値段が釣り合わないよ」

「君はなにを言っているんだい? 同じ素材でも極上なら高価になるのは当然でしょう? だって君の――」


 彼ったら、うっかりマズいことを口走りそうになってるわ!


「あー、しーっ!」

「ん。あぶないあぶない。ふふふ」

「先輩ったらもう~」

「大丈夫だよ、ミラ。さあ、この素敵なスカーフで、可愛い君を彩らせておくれ」


 こういう芝居がかった言動行動、クセなのかしら?

 どうしてこんなんなっちゃったのかしら、この人ってば。

 謎だわ。


 それにしても、なんでこんなに鬱陶しいのかしら……。

 あ、それは最初からだったわね。

 あ~~、もう~~。


「う~~~、先輩! 落ち着いて選べないよ! うろうろしないで!」


 先輩は、ふうむ、と尖った顎に指を当てて思案すると、

「じゃあ、この棚の全部にしようか」


「そんなにいらないってば~」

「遠慮しなくていいんだよ? ミラ」

「も~~~! じゃ、じゃあ、これにする!」


 このひと、本当に大人買いしそうなので、私は慌てて一枚の赤いバラ模様のスカーフを選んだの。

 そのスカーフは、遠目には赤い生地だけど、近くで見ると織り柄で素敵なバラ模様が浮き出てくるの。

 偶然手に取ったのだけど、吸血鬼に噛まれた傷を隠すには、おあつらえ向きな気がしたわ。



 お会計を済ませた彼は、私にスカーフを巻いてご満悦なの。

 自分でやるって言ったのだけど、僕がやるんだって譲ってくれなくて。

 まあ、お金出したの先輩だから、いいけど……。


「ん~。可愛いよ、ミラ。似合ってるよ、ミラ」

「も~~! ほら、もうお買い物済んだし、出ましょう?」

「わかったわかった」



 私を愛でるのに忙しい彼を、お店から押し出すのに苦労しちゃったわ。

 なんでもうちょっとスムーズにお買い物できないのかしら……。



「それじゃあ私行くね。先輩はちゃんとおうちで寝るんですよ。いい?」

「わかったよミラ。ちゃんと寝るから嫌わないでおくれ~~」

「嫌わないから安心して。あと、スカーフほんとにありがとう。じゃあまた明日」

「ああ。お休み、ミラ。気をつけて。クリスによろしく」


 私は彼に手を振ると、クリスの家の方へ歩き出したの。

 途中振り返ったら、先輩がずーっと同じ場所でこっちを見てて、全力で手を振るから恥ずかしくて、早足で歩いていったのよ。

 まったくもう……。

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