「裏切り者……小次郎が?」
「あぁ。残念だが、事実だ。幸いにも商会の中から離反したのは小次郎だけだが、組織の中では疑心暗鬼が生じている。皆がいつか帰って来る時田の為にと頑張っていた中で、それなりに影響力を持っていた小次郎が今川に寝返ったのだ。平松も慎重にならざるを得なかった」
そこで、時田はとあることに気が付く。
「……待ってください。小次郎がそれなりに影響力を持ってる? それに、幹部と言いましたか?」
「ん? あぁ、お主がいない間に商会も結構な規模になってな。今では総勢五百名を超えている」
「ご、五百!?」
まさかの数に時田は驚きの声を上げる。
「あぁ。今では各地に小規模ながらも拠点を構えててな。尾張を中心に美濃や三河、駿河に伊勢、最も離れたところで言えば近江まで手を伸ばしているぞ。例の裏切りのせいで京に拠点を構える話は先延ばしになっているがな」
「成る程……私がいない間にそんなに規模が拡大したんですね……って、小次郎が幹部ってどういう事ですか?」
「あぁ。安祥城の戦いの頃にいた者は皆幹部として各地の支部で長として働いている。そこで情報収集や戦える者の確保等、活動を広げる為に励んでいる。そして、小次郎は俺と平松商会の連絡役として働いていたのだ」
成る程、と時田は納得する。
「では、小次郎が裏切ってからは?」
「あぁ。大須賀康高がその役目の跡を継いだ。特に任務に支障は無かったが、やはり組織の中が不安定なようだな」
「……というか、何故裏切ったのですか? そもそも何かの間違いとかじゃ……」
時田がそう言うと、信長は首を横に振った。
「残念ながら事実だ。時田……あの男の家、山口家についてどれ程知っている?」
「山口家……そういえば何も知りませんね」
「そうか……ならば一から説明する必要がありそうだな」
信長は部屋の中へと入り、座り込む。
信長が時田と帰蝶にも座るように合図し、二人もそれに応ずる。
「山口家の当主、山口教継は我が父、織田信秀の代に織田家に従い、今川家との戦、小豆坂の戦いで戦功をあげた。それから、三河との国境の要である鳴海城を任せられたが、先の安祥城の戦いや、それに連なる今川の勢力拡大、さらには父上の死に織田を見限ったのだ」
信長が淡々と説明を続ける。
「奴は裏切り、領内に今川の手勢を引き込んだ。無論、俺も対抗し、赤塚の辺りで戦になったが、決着はつかなかったのだ」
「それはもしや……」
信長は頷く。
「我らの動きが漏れていた。平松商会に山口勢の動きを探らせ、平松勢にも指示を出し、それを小次郎に伝令に行かせたが帰ってこなかった。そして、敵は俺の動きを全て知ったかの如く動き回り、後手に回ったのだ」
「……勝敗はどうだったんです?」
「引き分け、だな」
信長は軽くため息をつく。
「まぁ、あの戦は互いが見知った顔が多かった。互いに士気が高く無かったというのはある……死者も然程多くはなく、捕虜や敵陣に逃げ込んだ馬も交換した。なにはともあれ、そこから平松商会の動きは非常に悪いのだ」
「もはや存続の危機……ですか……では、そこをどうにかするのが急務ですね」
その時田の言葉に、帰蝶が反応する。
「光……父上を、助けられるのですか?」
「……やってみないことにはわかりません」
「そう……」
時田がそう言うと、帰蝶は少し悲しそうな顔をする。
が、時田は帰蝶の肩に手を置き、帰蝶を励ます。
「ですが、最善は尽くします。この身に変えても。まずは平松商会を動かせるようにします」
「……具体的にとうするのだ?」
信長の問いに、時田は答える。
「まずは小次郎を、両手両足、目ん玉潰してでも連れ戻します!」