時田は鳴海城へと足を運んだ。
平松商会は小次郎の帰還には消極的だとし、何も言わずに向かった。
「……で、あなたはいいんですね」
「まぁな。正直俺は小次郎に戻って来てもらわんと困る。あのお方は人使いが荒くて敵わん。時田殿の神隠しについては信長様から聞いたときは驚いたがな」
「……小次郎の裏切りについては何も思わないんですか」
時田の問いに康高は頷く。
「あぁ、そのことか。あいつはいつか時田殿が戻って来ると信じてひたすらに励んでいた。そんな奴が簡単に裏切るとは思えん。何か事情があるんだろう」
「……そうですね」
信長の話によれば、小次郎は山口家の庶流らしい。
しかし、庶流の庶流のさらに庶流とのことで、もはや山口という姓のみが残っている状態であった。
その暮らしは武士と言って良いのか迷うほどの貧しいものだったという。
山口教継からは山口家として扱われず、明日の生活にも困っていた所、織田信広が戦に備えて兵を集めていたと聞き、足軽として参加したらしい。
「……でも、どうして今更山口家に戻ったんだろ……」
「……まぁ、織田家と決別するにあたって一人でも多くの兵が欲しかったんだろう。それで、山口教継が今後は山口家としてしっかりとした扱いを約束するとか美味い話をぶら下げた、とかじゃないか?」
しかし、時田にはそれだけでは納得がいかなかった。
そんな様子を見兼ねた康高は付け加える。
「……じつはな。安祥城での戦を終えて、俺達には一体感のようなものが生まれた。当時の人間は小次郎を除いて皆戦に参加したからな」
「……成る程。戦に参加せず私の伝令に尽くしていた小次郎はうまく馴染めず、私がいなくなった後、苦労したという事ですか」
康高は頷く。
「あぁ。皆はそんな事気にしていなかったがな。本人がずっと気にしていた。どこか、俺達を避けていたようにも感じるな。……それもあったのかもな」
「……なにはともあれ、鳴海城に潜入するところからですね」
二人の目の前には、鳴海城があった。
はたから見れば二人はただの旅人である。
関も難なく通る事が出来ていた。
(三河……もう少し行けば竹千代君が……いや、今はやめよう。一緒に将棋をする約束もあるけど……仕方がない、ね)
三河へと続く道を見つつ、時田は思う。
久々に会えたというのに、結局竹千代とは将棋を指すことができなかった。
それが時田にとっては心残りであった。
(あれから六年……竹千代君も、大きくなっただろうな……)
足を止め、考えていると康高が声をかけた。
「時田殿? どうした。行かぬのか?」
康高の声で我に返る。
「……そうですね。行くとしましょう」
小次郎奪還作戦が、今始まる。