「……ん」
男は目が覚める。
そこは、城から少し離れた林の中であった。
遠くに城と城下町が見える。
そして、二人の男女が男を囲んでいた。
「お、目が覚めたぞ」
「どうも、おはようございます。よく眠れましたか?」
大須賀康高と時田は笑顔で語りかける。
そのどこか不気味な笑顔に男は恐怖すら覚えた。
「え、ええと……」
男はあたりを見渡し、逃げ道が無いかを確認する。
しかし、その行動は時田に見透かされていた。
「逃げ道なんてありませんよ」
時田は笑顔で手首を指さす。
すると、男は両手を後ろで縛られ、木にくくりつけられていることに気が付く。
「はぁ……降参だ。流石は時田光と大須賀康高。一筋縄じゃいかんな」
「ほう。俺の事も知ってるか……本当に何者だ?」
すると、時田は腕を組み、笑いながら話す。
「フフ……私は分かりましたよ」
「お? 本当か?」
「ええ。あなたはズバリ……ん?」
時田が正体を暴こうとした時、背後で物音がする。
それに大須賀康高と時田も反応し、すぐに身構える。
「……囲まれてますね」
「いつの間に……油断したな」
林の中、二人の周囲に人影があり、囲まれていた。
二人は身構えてはいたが、圧倒的不利は理解していた。
「……この人数差じゃ、どちらかが足止めを買って出るとかも無理そうだな」
「……二手に分かれて追っ手を散らす、っていうのが一番かな?」
しかし、辺りの人影は襲っては来ない。
その様子を見て、時田は先程の男の正体の推測が正しかったと確信し、構えを解く。
「時田殿? 諦めたのか?」
「いえ。敵ではないですよ。彼らは」
すると、人影の一つが近寄って来る。
それはあの時の老婆であった。
「流石は時田殿。その聡明さは変わらずのようですな」
「……あの時の老婆……いや、その変装早く解いてくれません? 平松忠広殿」
時田がそう言うと、男はカツラを取り、身にまとっていた衣も脱ぐ。
背が曲がり、杖をついていたが、背を伸ばし杖を捨てる。
その姿は、少し年をとっていたがそれは平松忠広であった。
「久しぶりだな。時田殿。信長殿より神隠しにあったと聞いたが、戻ってきたようで何よりだ」
「ええ。この体質のようなものはなんとかしたいのですが」
平松忠広は後ろの者達にも合図をする。
すると、それらの人影が出てくる。
「成る程……俺達の動きは筒抜けだったか」
「あぁ。お前達が尾張を出た頃に儂のもとにも片目のない女子が大須賀康高と共に現れたという報告があってな。もしやと思い、しばらく探らせてもらったら、小次郎のために動いていたからな」
「だから密かに情報を教えてくれたんですね? でも、何もあなたが直接出てくることはなかったのでは?」
忠広は首を横に振る。
「いや、儂の抱えている者に時田殿の顔を知っている者はいない。まぁ、不慣れな事をしてボロを出してしまったがな」
「成る程……信長様がおっしゃっていたように、平松商会もかなり不安定なようですね。私の顔を知っている他の支部の長が出向けぬ程に」
「あぁ。三河に本部を置いているが、まともに機能しているのは本部だけだろう。だから入手できる情報も三河とその周辺に限られている。他の支部とは殆ど連絡を取り合っていないのが現状だ」
時田は頷く。
そして、目標を再確認する。
「やはり小次郎の復帰は最優先ですね。彼さえ戻れば疑心暗鬼も解けるでしょう。じゃあ、早速情報交換と行きましょうか」
「おう。なんでも聞いてくれ」