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第62話 説教

「お、怒る? 叱る? どちらも同じでは……」


 時田の大声に驚きつつも、小次郎は声を出す。

 その問いに、時田は声を荒げつつも答える。


「全く違います!」


 時田は小次郎の目の前に立ち、圧をかけつつ説明する。


「良いですか? 『怒る』というのは感情。『叱る』というのは行為です。私はさっき、あなたのふざけた態度に『怒り』を覚えたので、蹴り飛ばしました!」

「……」


 小次郎は黙って時田の言葉を聞く。


「そして、『怒る』のはこれで終わり。ここからはあなたの事を『叱り』ます! いいですね!?」

「は……はい……」


 半ば怒りの感情が残っているようにも見える時田に、小次郎は勿論、康高と孫次郎も何も言えなかった。

 康高と孫次郎の二人は時田に聞こえぬように小声で話す。


(康高様……どうすれば……)

(知らん……取り敢えず、気の済むようにさせよう。俺達は敵が来ないか警戒をするぞ……なにより、巻き添えは食いたくない)


 二人は互いに頷き合い、時田の説教に耳を傾けつつ周囲の警戒に入る。


「まずさっきから首を切れ首を切れ、とうるさい。自分がどれだけの迷惑をかけたか理解しているのなら、死ではなくその働きで返しなさい」

「し、しかし……」

「あ?」


 小次郎が反論しようとすると、時田がものすごい形相で睨む。

 時田の威圧に、小次郎は屈する。


「な……なんでも無いです……」

「良い? 私は神隠しで長い間いなかったけど、平松商会の皆はあなたの事を純粋に心配してるの。疑心暗鬼に苛まれたりしてるけど、それは下っ端の話。君のことを良く知っている支部長位の人間は君のことを疑ったりなんかしてない。そうでしょ? 康高殿?」


 唐突に話を振られ、康高は一瞬反応が遅れたが、即座に返す。


「お、おお! お前が裏切ってからも当初は支部長達がなんとか纏めていたぞ。あいつは簡単に裏切るような奴じゃない。信じて待とうってな。でも、下っ端連中は互いに互いを疑い始めて今に至るってわけだな」

「そういう事。君のことを良く知らない人達からすれば、そりゃそうなる。それは仕方が無い。でも、今からあなたが戻っても、最初は苦労するかもだけど、すぐに皆あなたの事を信頼してくれると思う。みんな全力であなたの事を支えるよ。どう? それでもここで死ぬ?」


 時田が最後は優しくそう言うと、小次郎の目からは涙がこぼれ落ちる。


「……ほ、本当に……良いのですか……」

「勿論。私も、君がいてくれたほうが助かるしね」

「まぁ、俺からすれば、時田殿を慕う人間が少ないほうが良いんだが……それだと張り合いも無いしな。戻って来い。小次郎」

「じ、自分も……小次郎殿の事は信頼しております!」


 三人のその言葉に、小次郎は心を決める。

 涙を拭い、フラフラと立ち上がる。


「わかりました……山口小次郎。本日より平松商会へ復帰致します!」

「よし! そうと決まればさっさとここを……」


 すると、閉じていた戸が蹴破られる。


「くそっ! 時間をかけ過ぎたか!」

「時田様! 小次郎殿を連れて奥へ!」


 二人が構えるが、入ってきた男の正体に気が付くと、武器をしまった。


「……まぁ、時間をかけすぎた事には違いないらしい」


 戸を蹴破って入って来たのは、平松忠広であった。

 忠広も、敵がいると思って踏み込んできたようで、呆気に取られていた。


「……あー……時田殿。鳴海城、陥落したぞ?」

「……は?」


 忠広の思いもよらぬ報告に、時田は呆気に取られるのであった。

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