後日、平松商会はほぼ全ての人員を美濃へ投入した。
集まったのは約五百名。
各支部に数名残っているが、全員にフリントロック式マスケット銃を持たせ、そのうち支部長クラスの人間にはフリントロック式のピストルも持たせていた。
そして、怪しまれないようにしっかりと商人として美濃へと潜り込んだのである。
「うぅ……なんでこんな事に……」
「グダグダ言わないの。もう決まった事なんだから。大丈夫。荒事には巻き込まないし」
時田は信長の魂胆に気付いていた。
表向きは時田の側にいることで様々なことを学べという事だったが、その真意は厄介払いである。
お冬は中々にポンコツであり、当人も所謂足手まといになる事を恐れていた。
「お、来たな」
「時田殿。こちらです」
待ち合わせの場所に時田達も到着する。
そこには康高と小次郎が待っていた。
「ほう。それが噂の?」
「ええ。お冬です。故あってついてくることになりました。事が起こる時には美濃の支部にでもいてもらうつもりです」
そこで、時田はあることを思い出した。
「そうだ。護身用にこれを」
時田は懐から単筒と弾薬が入った袋を手渡す。
「使い方は追々教えます。何かあったらこれで身を守って下さい」
「えぇ!? 私戦った事なんてありませんよ!」
「大丈夫さ。荒事には巻き込まん」
「自分も、今度からは前線に出ようと思ってますので。安心してください」
康高と小次郎のフォローもあり、お冬は諦める。
「はぁ……取り敢えず、足手まといにならないように頑張ります」
お冬はトボトボと歩き始めた。
その後ろ姿を見て、時田はとある事を思い出す。
(信長様はお冬を荒事にも使ってみろって言ってたけど……大丈夫なのかな?)
信長は出立前に時田にそう言っていた。
その言葉が時田はずっと引っかかっていたのである。
時田は今は気にしないでおこう、と歩き出した。
暫くすると、時田は視界の端にあったとある寺に視線が止まる。
「あの寺は……」
「ん? あぁ。時田殿は知らぬか。あれが信長様と道三殿が会見をした正徳寺だ」
「あれが正徳寺……」
その正徳寺を見て、時田は既視感を覚える。
「……少し、通りがかりに見て行っても?」
「あぁ。勿論だ」
少し道を外れて正徳寺の前を通る一行。
そこで、時田の眠れる前世の記憶が蘇ってきた。
「あぁ。成る程……」
そこで、時田はかつて信長と斎藤道三の会見の場に、明智光秀がおり、その光景を見ていたことを思い出す。
「どうした?」
「……いいえ。行きましょう。美濃へ」
また新しく前世の記憶を思い出した時田はいち早く美濃へと向かう事を決意する。
(やっぱり、必ず道三様をお救いしなくちゃ。あの人は、信長様のためにも、光秀様の為にも必要なお方だ)
時田らは、急ぎ美濃へと向かうのであった。