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第67話 正徳寺の記憶 前編

 1553年。

 美濃と尾張の国境にある正徳寺にて信長と道三が会見を果たす事となる。

 しかし会見の前、道三は密かに信長の姿を見ようと、正徳寺へと向かう信長の一行を遠く、茂みから密かに見ていた。


「あちらです。あちらが織田信長様に御座います」


 信長の姿形を知っている者が一行を指さす。

 しかし、その先にそれらしき姿は見えなかった。


「どれだ? それらしき装いの者は見えぬが……」

「はい。あちらの……その……汚らしい格好をした馬上の男がそうでございます」

「な……」


 その時の信長の格好は、義理の父である道三と会見する格好とは言えず、まさにうつけものと言うに相応しい格好であった。


「と、殿! あちらをご覧ください!」

「ん? ……な!? あれは!?」


 信長の後ろから、大量の鉄砲を抱えた者らが続く。

 その数に、道三は度肝を抜かれた。


「あ、あれほどの鉄砲を揃えているとは……信長め。中々侮れぬ」

「しかし、鉄砲など戦には不向きと聞いたことがありますが……」

「……いや、あれは使いようによってはかなり使える物だ」


 すると、家臣の一人が漏らしたその言葉にとある男が反応した。

 その男は、明智光秀であった。


「そうでしょう? 道三様」

「うむ。十兵衛の言う通りだ。確かにあれ一つがあったところで何も活用できまい。されど、大量に取りそろえれば大きな脅威となるであろう。弓や槍では個々の能力でばらつきが出るが、あれは兵の能力を一定にする。アレの前では個の武など無意味にも等しくなる」

「な、なるほど……」


 家臣の一人が道三の言葉に納得する。


「さて、道三様。いかがなさいますか?」

「……うむ。相手があのような格好なのだ。このままの格好で良いだろう。……時田が居ればこんな事もせずに済んだのだがな」

「えぇ。あやつめ……織田に行ってからというもの、殆ど便りを寄越しませぬ。それを察した帰蝶様からの文である程度忙しくしているという事情は理解しておりますが……」

「……まぁ、そう言うな。神隠しにあったのならば致し方なかろう。それよりも参るぞ。遅れるわけには行かんからな」


 この記憶の時田は、松平広忠を救わず、信秀の指示通りに殺している。

 それらで忙しくしていた時田は道三への報告を怠っていたのだ。

 しかし、松平広忠を救った時田も報告を怠っているので、時田の杜撰さがうかがえる。

 そのまま、道三らはその場を去るのであった。




「ふ……」


 信長は遠くの茂みが揺れ動くのを見ていた。


「殿。いかがなさいましたか?」

「……いいや、どうやら道三殿は待つのは苦手らしい」

「……はぁ」


 側近の男は信長の発言の意味を理解しきれずにいた。

 信長も理解してもらおうとは思っていなかったので、そこで説明をやめる。


「何でもない。気にするな。それよりも、少し急ぐとしようか」

「は!」


 信長は先程の道三らの動きを見て思う。


(やはりこの会見は時田が居ないからか……あやつ、報告するのを忘れておったな?)


 信長は時田が本来、信長を見定める為に送られていたことに気付いており、それを怠ってそのまま神隠しに会ったので、道三は望んだ情報を得られていないだろうと推測した。

 この会見も信長を見定める為だということは分かっていた。

 信長は、正徳寺への道を急ぐのであった。

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