「……遅い!」
正徳寺にて道三は怒りをあらわにしていた。
理由は、信長が遅かったからである。
「殿。落ち着いてくだされ。間もなく参るかと」
「……もう良い。こんな所で時間を食ってる場合では無いわ!」
道三が家臣の言葉を無視し、立ち上がる。
美濃国の内情も安定しておらず、道三は出来るだけ隙を見せたくは無かった。
が、その次の瞬間、戸が開かれ、信長が現れる。
その姿に、一同は驚愕する。
「な……」
「誠に申し訳ありませぬ。着替えに手間取り、お待たせしてしまいました」
信長は先程のうつけ姿とは打って変わり正装であった。
そして、道三は正装ではなく、ここだけを見れば道三が失礼な者である。
「いや、良かった。道三殿は待つのが苦手だったようで、もう居られぬかと心配しておりました故」
「……はは! これはやられた!」
道三は大きな声で笑うとまた座る。
道三は、先程信長らの一行を隠れ見ていた事に信長が気付いていたことに気付いたのだ。
「さて、信長殿。このような格好で申し訳無いが、話をしようではないか」
「ええ。とある人物についても語り合いたい事があります故」
その後、二人の話は盛り上がった。
二人は何処か似ているようで、考え方や物事の捉え方が良く似ていた。
国の運営、兵法、内政、ほぼ全てにおいて二人の考え方は似ていた。
そして、話題は時田の事に変わる。
「帰蝶からの文で知っていたが、また神隠しにあったか」
「ええ。そのお陰でこうして道三殿とお話する機会を得られたのですがな」
「あやつ……すっかり忘れて儂への報告をおろそかにしておった……帰ってきたら説教だな」
二人は軽く笑い合うと、話し続ける。
「所で、そちらでも大層活躍したとか? やはり、あの者は使える。今後も楽しみだが……信長殿。もし帰ってきたら一度こちらに戻しても良いかな?」
「やはりそうなりますか……無論構いませぬ」
この正徳寺の会見では、平松商会は存在していない。
つまり、山口小次郎の裏切り等も無く、時田は帰ってくればいつでも動ける状態であった。
「時田ならばそちらの問題も難なく解決するでしょうな。果たして道三殿がどのように美濃国を纏めるのか、しかと見届け、学ばせてもらいまする」
その信長の言葉を聞き、道三は笑う。
「やはり、見込んだ通りだ。お主にならば儂の思いを継がせても良いかもな」
「思い……平和な世を作るというものですか?」
「ふむ……時田から聞いたか?」
信長は頷く。
「ならば、説明は不要か」
「いえいえ、詳しくお聞かせくだされ」
「……よし、十兵衛! お主も混ざれ。信長殿、こやつは……」
「明智十兵衛光秀。時田の元の主ですかな?」
呼ばれた光秀は信長の前に姿を現す。
「仰せの通り、時田の主、明智十兵衛にこざいます」
「ほう……」
光秀は元の主ではなく、時田の主と言い直した。
ややこしくなってはいるが、時田は明智家の所属であると信長に示したのだ。
「信長殿。この者も儂の想いを継ぐもの。交えて話しても良かろう?」
「無論に御座います。中々面白い男のよう。是非お聞かせくだされ」
その後も三人は話に花を咲かせるのであった。
「十兵衛よ。あの男、本当に平和な世を作れるやもしれんぞ。老い先短い儂の後を継いでな」
「道三様……」
正徳寺の門を潜る時、道三は光秀に語りかける。
側近の一人が道三の馬に縄をつなぐ所を見て、口を開く。
「……我が息子たちは、信長の門前に馬をつなぐことになるやもしれぬな」
それはつまり、自分の息子達は信長の家臣になるであろうという意味であった。
「な、道三様! それは……」
「……分かっておる。義龍が今のを聞けば、怒りに我を忘れるだろうな……しかし、事実だ。あやつにはそれだけの才能がある。そして、義龍では信長には勝てぬ」
「……」
その言葉を聞き、光秀は頷く。
そして、道三は馬をつないだ側近の男を見る。
「……くれぐれも、外には漏れぬようにしなくはな」
「も、もちろんでございます!」
側近は慌てて返事をする。
そのまま、道三ら一行はその場を去るのであった。
「……そうか。そのようなことを……」
「は」
稲葉山城内で、斎藤義龍の前に道三に馬を繋いでいた側近の姿があった。
その側近は、義龍の息がかかった男であり、すぐさま義龍に正徳寺での話を漏らしたのだ。
「ならば、もうやるしかあるまい」
「では……」
義龍は頷く。
「あの男は我が父ではない。我が父は、美濃国守護、土岐頼芸様である」
義龍は道三と決別する意志を固める。
この後、義龍の決別を察した道三は美濃国をまとめるため、急ぎ土岐頼芸を追放する。
しかし、それが義龍を決起させることに繋がるが、その事を道三が知る由は無い。