「面白い程上手く行ったな。」
三郎は包囲される中津城を見て口を開いた。
「三郎殿。お見事に御座る。この蜂須賀至鎮、感服致した。」
「いや、真に。我等生駒も織田殿にお味方して良かったわ。」
「うむ、儂も同じ織田家の人間として誇らしい限りだ。」
生駒一正と蜂須賀至鎮と共に三郎は密かに四国を出て瀬戸内海を渡り、中津城を攻めていた。
織田信包も共に戦っていた。
そして、荒れる瀬戸内海を無事に渡り切れたのは……。
「いえいえ、どれも恵慶殿のご助力あってこそ。ご助力、真に感謝致す。」
「何、例には及びませぬ。元村上水軍の者達も快く受けてくださったしの。」
四国、伊予に所領を持つ安国寺恵瓊に協力を申し出、安国寺恵瓊を通して毛利に仕えていた村上水軍と協力し、瀬戸内海を突破。
無事に中津城へ至った。
「さて、中津城もそう長く無い内に落ちるでしょう。織田殿。ここからどうしますかな?」
安国寺恵瓊の問いに三郎は答える。
「城が思いの外手強いですな。相手の将は中々手強いと見ました。我らの手勢も多いとは言えない。あまり無茶はしたくありませぬ。」
「では、降伏を促しますかな?」
恵慶の言葉に三郎は頷く。
「蜂須賀様、お願いできますかな?」
「勿論に御座る。では。」
蜂須賀至鎮は陣を去る。
「さて、敵将が誰かは知らぬが……どう出る?」
「小野寺様。敵が降伏を勧めてきました。」
「そうか。……受けるしか、ないか。」
小野寺勘助の知略をもってしても既に大勢が決したこの状況を覆す事は出来なかった。
そもそも織田の策を見抜けなかった時点で小野寺の敗北は決まっていた。
敵が攻めてきた時点で城兵達は混乱し、逃げ出し、残った者達だけでは対処は難しかった。
「相手は誰だ?」
「は、蜂須賀至鎮殿に御座います。」
「蜂須賀……。織田では無いのか。」
小野寺は暫く考える。
「相手は織田三郎でなければ交渉には応じないと伝えよ。」
「は!」
勘助は天守から敵陣を見下ろす。
「織田三郎……。ようやくその顔を見れるな。俺を負かした男は、どのような顔をしているのだろうな……。」
「織田、三郎に御座います。」
「小野寺勘助に御座る。此度の戦、真に見事であった。」
小野寺勘助と織田三郎が顔を合わせる。
三郎には信包が付いてきており、向こうにも一人付いている。
そして、場所は城外の小さな寺。
双方の兵が近くに居ない、対等な状況だった。
「ありがとうございまする。」
「……お主程の知恵者、私は知らん。お前は……誰だ?」
勘助の言葉に三郎は少し考え、答える。
「織田信長……。」
「っ!?」
「……の孫、ですな。」
三郎と勘助は互いに見つめ合う。
「信包様。少々、二人きりで話し合いたいのですが……。」
「……うむ、よかろう。」
勘助も側近に席を外すように言う。
そして、二人きりになった。
「……お前は、何者だ?」
最初に三郎が切り出す。
三郎は勘助が只者ではないと見抜いていた。
これ程の知恵者、後世に名が残らないはずが無いからである。
「……黒田官兵衛、如水の生まれ変わり。未来で知識を身につけ、ここにタイムスリップしてきた。……お前は?」
「……やはりか。官兵衛。俺は、織田信長の生まれかわりだ。そして、この時代にやって来た。……しかし、おかしいな、本当にあの官兵衛か?」
三郎は勘助を睨む。
「……どういう事だ?」
「本物の官兵衛ならば、この策も見抜いた筈。この程度見抜けぬとは……。らしく無い。」
「……その言葉、如水にも……儂にも言われた。」
そこで三郎は気が付く。
「そうか、お前は自分が生きているのだったな。」
「えぇ。何故かは分かりませぬが。生きております。」
三郎は少し考える。
「此度の黒田討伐は苦戦するかと思っていたが、存外、簡単に済みそうだ。」
「……何?」
三郎は刀を抜き、その切っ先を勘助の喉元に突き付ける。
(……は、早い!)
勘助は刀に手をかけることすら出来なかった。
「わかったぞ勘助。」
「……何がだ?」
「お前の敗因だ。」
三郎は切っ先を突きつけたまま続ける。
「お前は志半ばに死んだわけではない。自ら天下を諦めたと聞いている。」
「……。」
「だが俺は違う。未練を残していた。だから未来でも武術を磨き、謀略を学び、軍略を学んだ。後悔の無い人生を送るためにできる事をしてきた。」
三郎は続ける。
「俺は志半ばで本能寺で死んで、お前は寿命を全うして死んだ。そこが違いだ。そして、お前は自分の智謀に敵う者はいないとおごっていた。本来の老練な如水であればそんな事は無かったはず。」
「転生故の……若さゆえの過ちだと?」
三郎は頷く。
「お前は前世、若い頃随分とヤンチャだったそうだな。有岡城で捕らえられたのも驕りがあったからではないか?おまえは、精神年齢が肉体年齢に引っ張られたんだ。そして、それを自覚しなかった。」
「……だから、負けた。」
「俺はお前を殺す。如水が二人いては今後の事に影響が出る。容赦は、しない。」
その言葉に勘助は反応する。
「今後?」
「織田家は、もう一度天下を取る。その為に邪魔なものは全て斬る。」
三郎は刀を構える。
勘助は抵抗は無駄だと諦め、首を差し出した。
「……良い。斬れ。しかし、城兵の命は助けよ。この時代の儂については……好きにせよ。」
「……さらばだ、勘助。いや、官兵衛。お主の息子の長政は必ずや守り抜いてやる。敵になっても殺す事はせぬ。如水も長政が助命を申し出れば命は取らん。」
勘助は頷く。
そして、三郎は刀を振り下ろした。
「只今、戻りました。」
「おお、三郎殿。どうでしたかな?」
すると、信包が袋を机上に置く。
「城将、小野寺勘助の首に御座る。城兵の命と引き換えに腹を切り申した。」
「介錯は私自身が。」
その予想外の結末に皆が驚く。
「それでは、中津城は陥落か!」
「すぐに長宗我部殿達に知らせよう!」
その報告で皆の士気が上がる。
(小野寺勘助。まさか同じような立場の人間がいるとはな……。しかし、もう居ないだろう。そんな突飛な話がそうあってはたまらん。居たとしても、我が覇道の前には無力な物。関係はない。)
小野寺勘助の死はすぐさま如水にも伝わり、戦況は大きく動いていく。
九州征伐はまだ始まったばかりであった。