「勘助が、死んだか……。」
「は。」
如水は報告を受けていた。
勘助が死んだという言葉を聞き、如水は動じなかった。
中津城が落ち、周辺の城も尽くが落ちた。
(……やはり、天下を狙うなど、無理な話であったか。)
眼の前の戦況は優勢。
中津城陥落の報を受けて尚、如水は戦を続けた。
中津城からここまでは距離があり、敵が来るのはまだ後だと予測がついたからである。
幸い、防塁は沿岸ほどではないが一部築けている。
もし敵が来てもすぐに引けばそこで防衛戦を繰り広げられるのである。
「敵は大浜に上陸した。……まぁ、かなり削れたから、良しとしよう。」
敵勢は豊久が築いた橋頭堡から次々と上陸してきていた。
豊久ら島津勢は挟撃されたというのに豊久らの奮戦凄まじく、敵を陸に上げてしまった。
幸い、全ての敵では無かった。
「殿!敵方より和平の使者が。」
「……うむ。会おう。」
数刻前。
大浜に上陸した豊臣方にも中津に織田勢が上陸したとの報せは届いていた。
策を巡らし、既に多数の城を落としていると。
「流石は織田殿。敵を騙すにはまず味方から。か。」
「長宗我部殿。今こそ好機。一気に攻めかかりましょうぞ!」
豊久は盛親に一斉攻勢を申し出る。
が、盛親は首を横に振る。
「いや、実はな、織田殿から知らせに来たのは、黒田長政殿なのだ……。」
「如水の息子の……。」
盛親は頷く。
「報せによれば、背後が脅かされた事で、中国の黒田勢も引いたそうだ。毛利殿も勢いを取り戻し、自領を取り戻す勢いとのこと。勢いそのままにこちらまで攻勢をかけるらしい。」
「それに、細川忠興殿が四国へ渡り、鍋島直茂を調略しております。」
「お主は……長政殿か。」
すると、豊臣方の諸将の前に黒田長政が現れる。
その姿を見て豊久は口を開く。
長政は軽く頭を下げた。
「何故、こちらへ参られた?」
「は。直接お願い申し上げたき儀が御座いまして参りました。」
皆が長政に注目する。
長政は盛親と目を合わせ、盛親は頷く。
「某を、臼杵城へ、我が父如水の元へ行かせて下され!」
「如水様。和平の使者が来ておりまする。」
「うむ、誰だ?」
伝令の者は少し躊躇う。
「構わん。申せ。」
「それが……長政様にございます。」
如水は目をつむり、考えた。
「……通せ。」
「は。」
「長政、久しぶりだな。」
「は。父上も、息災のようで……何よりでございます。」
二人が軽く挨拶を交わすと、暫くの沈黙が流れる。
最初に沈黙を破ったのは、如水だった。
「長政。関ヶ原での活躍、耳にしているぞ。見事だ。」
「お味方は大敗しましたが……。」
「それでもお前の調略の話は聞いておる。流石は、儂の子だ。」
長政は少し考えてから口を開く。
「……父上!まだ間に合いまする。降伏して下され!中津城が豊臣方に渡り、毛利も勢いを取り戻しておりまする!もはやこれまで!」
「……ここまでやってしまった以上、後には引けぬ。やれるところまでやってやるわ。」
長政は如水のその言葉を聞き、更に返す。
「ですが、織田殿は決して父上の命は取らぬと申しております!某の説得で父上が下ってくれれば、所領も元のそのままで良いと申しておりまする!父上、どうか!」
「……長政。織田殿はどのようなお方であった?」
その言葉に長政は考える。
「……恐ろしいお方です。」
「……。」
「あの若さで一体どこまで考えてるのか分かりませぬ。そうですな……かの信長公にも似た雰囲気を感じました。恐らく、世が世ならば天下を取れるお方でしょう。」
長政のその言葉を聞き、如水は決断を下す。
「……天下、か。その言葉を聞き、安心したわ。」
「父上!それでは!」
如水は首を横に振る。
「尚更、従うつもりは無くなった。老い先短いこの命、最後に天下分け目の大戦を繰り広げて見せる!」
如水は立ち上がり、長政の肩に手を置く。
「長政。敵味方に分かれるが、そこで戦功を立てよ。さすれば所領の心配は無くなる。……しかと励め。」
長政は俯き、涙を流す。
「父上。」
「さらばだ。長政。お主と合うのはこれが最後だろう。」
如水はその場を去る。
九州征伐は決戦の時を迎える事となる。