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第14話 「家族への想い」

《千隼side》


 ……まさか、買い物の途中で八重桜琴葉に会うとは思わなかった。


 その日はたまたま私の仕事が休みで暇だったから買い物に行こうと紗和を街に引っ張った。


 遠慮しながらも街中を楽しむ紗和はとても可愛らしいと思いながら歩いていたが……。


 琴葉の登場で場の空気は一転し、重苦しいものに変わった。紗和はおそらく八重桜家から出てきたことに責任を感じている。


 琴葉のあの様子だと八重桜家はかなり荒れていそうな雰囲気だった。女学校の帰りなのか、上等な着物を身にまとい、街中を歩いていた。


 最初は機嫌いいのか、紗和を見下すように笑っていたように見えた。だけど徐々に表情は険しくなり、紗和と琴葉のやり取りを見ているだけでヒヤヒヤした。


 紗和は何か言いたそうな顔をしていたが上手く言葉が出てこず、余計琴葉を怒らせていた。私はそんな2人を引き離し、紗和を宥めた。


 「……申し訳ありません。私が勝手なこと言ったせいで、琴葉を怒らせてしまったみたいで……」


 琴葉と遭遇した翌朝。紗和は朝食を取りながら私に謝ってくる。琴葉のあの態度に余程ショックを受けたのだろう。


 表情がかなり暗く、見ていられないほどだった。


 「気にするな。琴葉は元々ああいう性格なのだろう?紗和は何もしていないんだ。謝る必要はないと思うぞ」


 お膳にあった卵焼きをつまみながら話すが昨日はどうしたら良かったのだろうかと考えてしまう。


 今まで琴葉のしてきたことを思い出し、つい敵意むき出しで対応してしまったが今は反省しているかもしれない。


 「ですが……どうしても、琴葉の事放っておけないんです。琴葉がああなってしまったのも私のせいなのかもしれなくて……。多分お父様の暴走を止めなければいけないと思うのです」


 私の言葉に首を横に振りながら話す紗和はどこか寂しそうだった。どれだけ酷いことをされても、紗和の家族はあの八重桜家なのだ。


 きっと私には分からぬ思いがあるのだろう。壊れていく家族を見ながら出てきた紗和は、尚更放っておけないと考えているのだろうか。


 「だが、あの八重桜当主をどう止めればいいのだ。自分の名誉のためならなんでもする男だぞ?それこそ、紗和が関われば何をしでかすかわからん。縁結びの儀まで、大人しくしてもらって、そこから……」


 「それはダメです!縁結びの儀まで待っていたら、お義母さまと琴葉に何をされるか……。もう既に、お父様は壊れているんですよ!?」


 私の話に勢いよく反対する紗和。ここまではっきりと意見を言っている姿を見たのは初めてで、正直驚いた。いつの間にかこんなに自分の意見を持てるようになったのだろう。


 もう、あの頃の紗和はいないのだ。


 「……も、申し訳ありません……旦那様に相談に乗ってもらっている身で、意見してしまって……」


 話し終わって、我に返ったのか顔を赤くしながら謝る紗和。その姿もなんだか愛おしくて思わず笑ってしまった。


 「別に謝らなくていいぞ。私と紗和は夫婦なのだから、自分の意見を言ってもらわなきゃ困るからな。思ったことはどんどん言ってみろ」


 紗和の成長した姿を見て私も負けていられないと思った。こうなったら紗和の思い通りになるように力を貸してやろうじゃないか。


 今まで我慢してきたのだ。


 その分、ここでは思い切り羽を伸ばして欲しい。


 「い、いいのですか……?」


「ああ。ひとまず、八重桜当主のことは私も対策を考えておく。紗和は縁結びの儀まで少し稽古を頼む。もうあまり日にちはないからな。私も裏で動くから、お互い忙しくなるぞ」


 私の言葉にピシッと姿勢をただし、深く頷く紗和。縁結びの儀まであと数十日しかない。それまでに何か対策を考えなければ。


 朝食後、私と紗和は別々の予定があるため別れた。私は、凪砂と共にとある場所へと向かった。車の中で私は凪砂に話かける。


 「……なぁ。どうやったら、あの八重桜当主を止められると思うか?このままだと本当に手をつけられなくなってしまう」


 「そうですよね。紗和様が不安になるのも無理はありません。やはりここは千隼様から動かなければ、現状は変わらないのではないでしょうか」


 運転しながら出た答えにぐうの音も出なかった。紗和ひとりで解決出来る問題では無いと思っていたが……凪砂も同じ考えなら尚更だ。


 これは私の権力と皇帝様の力を借りて制圧するしか無さそうだな……。


 「着きました。本当に私は行かなくてよろしいのですか?」


 目的地に着くと凪砂は不安そうに尋ねる。


「ああ。もしダメならすぐに戻ってくるから、ここ で待っていてくれ。そう心配するな」


 ひとりで行かせて欲しいと願ったのは私だ。ここは凪砂に頼らず自分ひとりの力でやってみたい。


 八重桜当主が……どのくらいの人なのか改めて知る必要があった。


 「かしこまりました。ここで待機しています」


 私の返事にまだ納得していない様子だったが頷いた。それを見届けてから車から降り、顔を上げる。ここは、八重桜家。


 八重桜家の中心には変わらず大きな桜の木が立っていた。桜は終わり、今は青々とした葉が風に揺れている。私はそれを見ながら、呼び鈴を鳴らした。


 「……はい。どちら様でしょうか?」


 しばらくして出てきたのは紗和の継母だった。以前よりも痩せ細り、疲れきった表情をしていた。


 その姿を見て思わず息を飲む。


 「お忙しいところ申し訳ごさいません。私は紗和の婚約者の、華月千隼と申します。今、八重桜当主はいらっしゃいますでしょうか?」


 なるべく刺激しないように丁寧な言葉遣いで話しかけた。彼女は私の顔を忘れていたような素振りを見せたが、すぐに目を見開き思い出したような表情になる。


 「か、華月様……ですか。紗和がお世話になっております。何か、あの人に用事でもあるのですか?」


 私だとわかった瞬間、明らかに警戒心を強めた彼女。まるで怯えた猫のようにビクビクしていた。


 以前見た威勢の良い姿勢はどこへいってしまったのだろう。


 「はい。少し話をしたいと思いまして」


 「主人でしたら、書斎にいると思います。どうぞ、お上がりください」


 用事を伝えるとあっさり家にあげてくれた。そのことに驚きつつも、遠慮なく上がらせてもらう。


 追い払われる覚悟で来たのだが、あっさりと中に入れてしまった。


 「お邪魔します」


 頭を下げ、靴を脱ぐ。久しぶりにきた八重桜家はとても寂しく感じ、色々変わってしまったなと思った。


 「お母様ー?誰か来てるの?」


 中へ入ると割と直ぐに琴葉の声が聞こえた。


 ……今日は女学校のある日じゃないのか?


 琴葉のいない時間を狙ってこの時間に来たのだが……。


 来る時間を間違えたな。


 「ええ。だから、琴葉は部屋で待ってなさい」


 「……華月、千隼……?なんで、ここに?」


 部屋に案内される前に琴葉に見つかった。琴葉は私を見るなり眉を寄せ、睨んでくる。


 「琴葉!失礼じゃないの!華月様はお父さんに話があって来たのよ?」


 琴葉の言葉に叱りつける継母。だけど琴葉のこの反応は最もだと思ってしまった。


 今まで散々対立してきたのだ。今更八重桜家に来て、警戒されないはずがない。


 「帰ってよ!あんたの顔なんか見たくない!さっさとお義姉様の元に帰って!」


 顔色ひとつ変わらない私を見て苛立ったのかそう叫んだ。


 ーバシン!


 琴葉が叫んだ瞬間、かわいた音が廊下に響く。


 「琴葉!いい加減にしなさい!なんという口の利き方してるの」


 思わぬ展開に私は目を見開いた。あれだけ大事にされていた琴葉が今継母に頬を殴られたのだ。前の状況だったらありえない。


 「やめてください。落ち着いて。私は八重桜当主に話があるだけです。あなたに用事はありません。……書斎へ案内お願いします」


 思わず2人の間に入り、止めた。このままだと自分の用事が進まない。早く八重桜当主と話をし、この後は皇帝様と対策を練る予定だった。


 私の言葉に継母はハッと我に返り、私に頭を下げる。琴葉はというと顔を俯かせながら去っていった。


 八重桜当主に会いに来ただけなのに面倒なことには巻き込まれたくない。さっさと話を済ませて戻らなければ。凪砂も待っているしな。


 「申し訳ございません。書斎はあちらです」


 継母は謝ったあと書斎へと案内し、私は無事に八重桜当主に会うことができた。


 「ありがとうございました」


 継母にお礼を言って、襖の前に正座する。


 ……さて。


 何から話をしようか。話の内容によって、八重桜当主の機嫌を損ねてしまうかもしれない。


 そうなればまともな話し合いはできなくなってしまう。そうならないように話の順番を考えるのも大事なものだった。


 「……失礼致します。華月千隼です。八重桜当主に用事があって、ここにまいりました。少し話をすることはできませんか?」


 私は、深呼吸をして、顔を上げた。

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