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第16話 「縁結びの儀 後編」

《千隼side》


 ……とうとう、縁結びの儀当日を迎えた。


 紗和は朝から不安な表情をしていた。無理もない。紗和の異能が認められてから初めての仕事がこんな大きな舞台なのだから。


 しかも今回は話が二転三転し、琴葉も共に舞うことになっていた。


 八重桜当主を鎮めるためにはこの方法しか思いつかなかったとはいえ、紗和に相当なストレスを与えてしまうかもしれない。


 そう思ったがあまり時間がなかったせいもあって、この作戦を実行するしかなかった。


 「……千隼。表情に焦りが出ているぞ。婚約者のことが不安かね?」


 縁結びの儀の朝。


 私は今日一日皇帝様の護衛を務めることになっていた。朝から忙しく、紗和とあまり話せていないせいで顔に出ていたらしい。


 隣にいた皇帝様に指摘され、自分が冷や汗をかいていた事にやっと気づいた。いつもは緊張などあまりしないのだが、紗和のこととなるとどうも落ち着かない。


 後ろにいた凪砂も心配そうに私を見ていた。


 「大丈夫です。集中が途切れてしまい、申し訳ございません」


 今日は皇帝様とご子息が表舞台に出る日。


 皇帝様は滅多に外に出ないのでここぞとばかりに大勢の人が皇帝様に挨拶に来る。


 害がない人ならいいが、中には危険な人物が潜んでいるかもしれない。それらから守る仕事をするのが私や優秀な異能者。


 自分が1番しっかりしなければ行けないのに、早速集中を切らしてしまった。 


 「別に気にしてないぞ。まだ儀式は始まってすらいないのだからな。表の方でようやく会場した頃だろう。まだそこまで気張らなくて良いぞ」


 皇帝様は笑ってそう言った。今日でご子息の花嫁が決まるということもあって、皇帝様はご機嫌だ。


 その様子を見て私は苦笑いを浮かべた。一番警戒して欲しい人物はなんて呑気なのだろう。


 心の中で思ってしまう。凪砂も困ったような表情をしていた。


 「縁結びの儀が始まるまでまだ時間はある。最後に婚約者の顔でも見てくるといい。護衛は凪砂に任せろ」


 「……で、ですが……」 


 皇帝様と話していると突然驚くようなことを言われた。皇帝様の護衛の身でありながら仕事を放って紗和の元へ行けるはずがない。


 紗和には申し訳ないがここで何かあれば元も子もなくなる。


 「婚約者の顔を見るなら今のうちだぞ。琴葉も同室にいるのだろう?心配じゃないのか?」


 皇帝様の提案に戸惑う私に意地悪く言う。


 紗和のことは心配でたまらないが……。


 「千隼様。ここは私に任せて、紗和様の元に行ってあげてください。何かあればすぐにご連絡致します」


 紗和の元へ行くべきかどうか悩んでいると凪砂がため息をつきながら背中を押してくれた。


 まるで“迷わず婚約者の元へ行け”と言わんばかりの表情。凪砂の言葉もあり、私は儀式が始まる前に紗和に会いに行くことにした。 


 「それじゃあ、お言葉に甘えて……。少しだけ、席を外させていただきます」


 若干後ろめたさを感じながら急いで紗和の元へと向かった。皇帝様は頷き、凪砂は手を振る。たくさんの人に見送られながら、私は紗和に会いに行った。


 ***


 しばらく歩くと紗和と琴葉の控え室が見えてくる。朝は笑顔で私を見送ってくれた紗和だった。今度は私が見送る番だな。


 そう思いながらそっと襖を開けると。


 案の定、緊張しまくっている紗和と余裕そうな琴葉がいた。琴葉の言動にヒヤヒヤしながら様子を伺っていたが、意外にも攻撃的な感じはなかった。


 むしろ、紗和の事を気にかけているような……。


 紗和の衣装を自ら直しに行ったり、紗和の緊張に気づいたり。こうして見ると案外普通の姉妹に見えた。


 「だ、旦那様!?なんでここに……。もう会場に入っていたのでは……?」


 こっそり中を覗いていたつもりだったが琴葉に気づかれ、紗和に教えた。


 私の存在に気づいた紗和は驚きながらも駆け寄ってくる。その姿が可愛らしくて思わず微笑んだ。

 琴葉はというとそっぽを向いて自分のことに集中している。


 琴葉なりの気遣いなのだろう。私は心の中で感謝しながら、紗和と少し話をした。


 「まぁ、な。少し凪砂に任せてきた。お前のことが心配だったから、儀式が始まる前に顔を見ておきたくて」


 性格には、皇帝様と凪砂に促されてここに来たが……儀式が始まる前に紗和に会って正解だったな。


 紗和は緊張を隠しているようだったが私にはばればれだった。


 震える手は私の視界にバッチリ入り、紗和の表情も強ばっている。


 「ありがとうございます。ですが、私は大丈夫です」


 それでも、紗和は自分の感情を隠そうとしていた。でも、私はそれを許さない。


 もっと私に頼れと言ったのだが……まだ足りなかっただろうか。


 「……嘘をつくな。お前の手、かなり冷たいぞ。緊張で表情も強ばってる」


 「ひぇっ!旦那様!?」


 私は紗和の手を無理やり握ると近づき、紗和の頬に口付けをする。


 これで緊張が和らぐとは思っていないが……少しでも気休め程度になればいい。それに、何より……私の心の支えになる。


 「緊張するのはわかるが、紗和ならきっと大丈夫だ。縁結びの儀が終わったら……2人でゆっくりしよう。約束だ」


 「……はい!自分の力を信じて、儀式に挑みます」


 これが、私の今の精一杯の約束と応援の言葉。縁結びの儀が終わったら紗和を嫌という程愛してやるから。


 これからは2人の時間もたくさん作れるだろう。紗和の笑顔を見届けたあと、私はそろそろ現場に戻ることにした。


 少しばかり自分の心配事や焦りもなくなって。


 心は軽く感じた。


 これならきっと今日の仕事も無事にこなせそうだ。


 「……紗和。信じているぞ」


 歩きながらぼそっとつぶやく。


 私の婚約者はとても強くて優しい。縁結びの儀は成功間違いなしだ。


 紗和のことを信じながら、私は自分の持ち場へ戻り、皇帝様とご子息様を表舞台へと送り届けた。


 私は今までにないくらい緊張していた。皇帝様とご子息様を表舞台に見送ったあと。縁結びの儀は恙無く始まった。


 何事も問題なくおわれば良いのだが……。


 紗和への心配と縁結びの儀が無事に終わるかの不安でいっぱいだった。


 現皇帝様を支持している国民がほとんどだが一部はこの国のやり方が気に入らず、皇帝様を憎んでいる者もいる。


 当然、この縁結びの儀を快く思わない者もいると話は聞いたことあるが……。


 私は舞台袖からそっと客席全体を見渡した。 


 今のところ不審な人物はいないし、みなご子息様に興味津々に見ていた。そのことに少し安堵する私。


 ご子息様は今まで表に出ることはなかったから、今日が国民への初めてのお披露目となる。ご子息様は皇帝様とそっくりな顔立ちで、誰が見ても跡継ぎにふさわしいと思ったはずだ。


 皇后様は本日は体調不良という事で欠席。ただ、この後の園遊会には少し顔を出すと話はあった。


 凪砂は周りの護衛もかなりの警戒心で警護にあたっていた。


 「……それでは、本日の縁結びの儀となる最大の演目……巫女の舞をどうぞご覧下さい。ご子息様の良いご縁を心からお祈り申し上げます」


 司会者の声が会場全体に響き渡る。その声と共に舞台に待機していた紗和と琴葉がお辞儀をし、立ち上がった。


 ……いよいよ、始まる。


 紗和たちの緊張がこちらにも伝わってきて異様な雰囲気だった。紗和はいつもと違う真剣な眼差しで客席を見ていた。


 琴葉はというと相変わらず自信に満ちた表情で構えている。 


 姉妹なのにあまりにも違う態度に思わず唖然とした。そう思いながら紗和達を見ていると。


 ーシャン……シャン、シャン……。


 鈴の音が鳴り響き、巫女の舞が始まった。美しい鈴の音、まるで優しい風のように柔らかく舞うふたり。


 私はその美しいふたりに視線を奪われた。


 「千隼様。琴葉の方から、異能の力を感じます」


 「……お前も感じたか?」


 「はい」


 舞台袖で2人の舞を見ていると凪砂がコソッと耳打ちしてくる。その内容は琴葉から異能の力を感じたという物。


 本当は琴葉に異能はないはずなのに、かなり強い力を感じた。凪砂も感じるくらいなので相当なものになるだろう。


 力が開花し始めたと紗和から聞いていたがいざ目の前で見ると……やはり前の琴葉とは違って見えた。


 紗和はいつも通りの演目をこなしていく。ふたりが並ぶと美しい舞がさらに美しく見える。


 ……これが、縁結びの異能を持つ家系の巫女の舞。正直、ここまで洗練された巫女の舞を見たことはなかった。


 縁結びの異能を持つ家系は他にもあるがやはり八重桜家の異能はほかの家系よりもずば抜けて優秀だった。


 じっと見ていると、紗和がひとつのところしか見ていないことに気づく。私はその視線を追って、見てみると。


 そこは、ご子息様の左手の小指だった。紗和は真剣な表情でご子息様の未来の花嫁を探している。


 そんな思いが伝わる瞬間だった。確か前紗和は言っていたな。


 『異能を使っている間は相手の小指から赤い糸が見えてるんです』と。


 それが人との縁を結ぶきっかけになるとも話してくれた。以前、私と紗和の間にも運命の赤い糸が現れた。


 その時は驚いたが紗和の話を聞いたあとなんだか納得してしまった。


 「……千隼様、そろそろ演目終わりそうです。ご子息様の花嫁候補の写真の準備をしてきます」


 「わかった。私はここを動かないでいる」


 巫女の舞が最終段階に進んだ時。凪砂は次の仕事をするため舞台袖から降りた。


 演目が終わったあとは紗和と琴葉から未来の花嫁を指定し、結果を報告する。


 それが終われば園遊会……という日程だったが、その間に私と紗和の婚約発表をしたいと考えていた。


 この提案を皇帝様にしたところ、“面白そうだからやってみろ”と言われ、許可を貰えた。正直ダメ元の提案だったので許可をいただけるとは思わかかった。


 婚約発表の内容はその場で紗和と婚約の書き物を書き、誓の口付けをするという軽い結婚式のようなもの。


 こんな大勢の人の前でそんな事をしたことはないので今から心臓が飛び出そうなほど緊張しまくっていた。


 紗和には一切この事を話していないのでどんな表情をするのか。受け入れてくれるか心配だった。


 ーパチパチパチ……。


 婚約発表の事を考えていると会場に割れんばかりの拍手が溢れかえった。


 いつの間にか巫女の舞は終わっていたらしく、紗和と琴葉はやり切った表情をしていて、とても清々しかった。


 無事に終わったことにほっとしつつも、私は緊張で、その場から動けないでいた。


 「「ありがとうございました」」


 お礼を言ってから紗和と琴葉は一度舞台から降りていく。


 そして何やら話をしていた。


 ご子息様の未来の花嫁が見えたのはおそらく紗和の方だ。琴葉には異能の力が開花してもどこまで強くなっているのかはいまいちよく分からない。


 紗和の事を信じることしか出来ない。


 「千隼様。ご子息様の未来の花嫁が決まりました。ご一緒に舞台に上がってください」


 「ああ、わかった」


 ぼんやりと紗和たちの後ろ姿を眺めていると準備に取り掛かっていた凪砂が戻り、私に耳打ちした。


 その言葉を聞いていよいよここで縁結びの儀は終わるんだと思ってしまった。


 ここまでくるのにかなり時間がかかったが無事に紗和達が未来の花嫁を決めてくれたらしい。


 皇帝様は満足そうな表情をしている。


 どうやら先に結果を聞いて、望んだとおりになったらしい。


 皇帝様をここまで満足させる紗和はすごいとしか言いようがなかった。私はほっとしながら皇帝様の側近として表舞台にあがる。


 「……それでは、ご子息様の花嫁が決まりましたので結果をご報告させていただきます」


 静かな会場に響いたのは大きな仕事を終えて、一回り大きくなった紗和の声。その声は凛と響いて辺り1面によく聞こえる。


 私は自然と背筋が伸び、紗和に目をやる。


 「ご子息様の未来の花嫁は……。神谷結愛です」


 紗和はまっすぐと顔を上げ、会場の端っこにいた神谷結愛に目を向けた。私は思わず顔を勢いよく上げ、紗和を凝視。


 だって……神谷結愛は、紗和のお世話係として選び、仕事をしていたただの使用人だったから。


 神谷結愛は特に名家の令嬢という立場ではないしそもそも今回の花嫁候補には全くなかった。


 私は紗和がいったい何を言い出したのだろうと不安になり、見つめ続けた。


 「……おい、こんな結果、聞いとらんぞ。お前の花嫁は頭がおかしくなったのか?」


 私の隣に座っていた皇帝様は聞いていない結果に怒りに震えていた。きっとこの答えは誰も予想していなかったのだろう。


 皇帝様のお怒りはごもっともだと思う。


 「分かりません。……しかし、紗和にもなにか未来のことが見えたのでは?」


 紗和のことを頭おかしい人だと言われ、イラついてしまったがそれは飲み込み、何とか冷静に答えた。


 私は紗和の方から視線を動かし、ご子息様を見ると。


 「皇帝様。……ご子息様の表情が、答えなのではないですか?」


 正面は布で顔を覆われていたのでよく見えなかった。だがしかし。


 横から見るご子息様の表情は。神谷結愛を見て、顔を赤く染めていた。


 ……なるほど。このご子息の気持ちが紗和には見えていたということか。


 ……でもいったいどういうことだろうか。


 紗和、その説明はみなにしてもらわないと分からないぞ。私は紗和から聞いたこの結果を信じることができた。


 聞いた時は私も何を言っているのか分からなかったが今ならよくわかる。


 ご子息様は……神谷結愛に片想いしていたんだと。


 私はもう一度紗和を見てご子息を見て、神谷結愛を見た。


 3人それぞれの視線はお互いの事を思いあっているのがよくわかるくらい絡み合っている。

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