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第55話 考えることが多すぎるとイライラするのは、ごめんだけど許してほしい

 なにはともあれ、アビシニア村発展計画は始まった。その名も「コーヒー・プロジェクト」。コーヒーにとり憑かれたようなチハヤと村のみんなとで相談して決めたのは、おおまかにいって収穫・加工・出荷の3つのプロセスだ。


 そのうち収穫の作業は、さっそく今日からスタートしている。チハヤがつくりだしたゴーレムによる悪魔の森の開拓、そして同時に村のみんなの総出で行われるコーヒーチェリーの収穫。本当は季節を待たないといけないのだが、まず第一弾としてチハヤの魔法でコーヒーノキに実をつけた。それを予定に合わせてグループ分けした班ごとに時間を決めて収穫を進めていく。──チハヤ曰く、収穫は手で行うことが大事らしいから。


 それにしても村人総出ってちょっとすごい。みんなコーヒーのためならと目の色を変えて、率先して動いているのが、なんというか不気味であり不思議でもある。コーヒーの魔力は底知れない。まあ、おいしいんだけど。


「問題は加工と出荷のプロセスだね。村のみんなで収穫に当たってるとは言っても、まだまだ時間はかかるだろうし、その間に作戦を考えないと……」


 私に──ギルドに任されたのは、その加工と出荷だった。村長も含めて村のみんなは外のことはわからないと一点張り。正式に村長からの依頼として引き受けるしかなかったんだけど、どうしたらいいか。


 加工はとりあえずチハヤがやってくれるから大丈夫だろう。もっと、大掛かりな工夫が必要だろうけど。問題は、出荷。これが難しい。


 村からの出荷ということは、つまり島の外、大陸に商売を持ち掛けないといけない。交易だよ交易。私はギルドのマスターではあるけど、商売人ではないし、なにか大きな当てがあるわけじゃない。そもそも、大陸の人はコーヒーのことをなにも知らない。


 ──だからまずは、大陸のだれかにコーヒーのおいしさを知ってもらう必要があるわけだけど。


「うーん、どうすればいいかな、グレース」


 そんなこんなあれこれ頭を回しながら、悪魔の森からギルドへと戻ると、チハヤがクリスさんの正面に立ち、両肩に腕を回していた。


「いやいやいやいや!? 待って!? なにしてんだよ!!」


「お帰りなさい。そして、落ち着いてくださいサラ様」


「これが落ち着いてられるかって!? チハヤ! ま、まさかクリスさんとキ……キス──」


「サラちゃん~ウチは大歓迎だけど、チハヤくんがそんなことするわけないじゃん。今、チハヤくんの魔力を少し分けてもらっているところ」


「ま、魔力!? キスではない!?」


 よかった。……いや、よかったってなに? なにを安心してるんだ私は!?


 妙ちくりんな考えを頭をブンブン横に振って忘れると、私は疑問に思ったことを聞いた。


「魔力ってなに?」


「魔力とは、魔法を使うための力です。魔力が全くなければ魔法を使うことができません。サラ様のように」


 一言多いんだよ、チハヤ!


「その逆に魔力が高ければ高いほど魔法は強力なものになります。そして、私の見立てではクリスさんの魔力は、大陸随一の魔力と言っていい」


「はっ、ウチってそんなにすごかったのか……」


「えぇ。理由はわかりませんが、とんでもない魔力量を秘めています。ですが、今クリスさんはその魔力を上手く扱えない状態になっている。なんというかぶつ切りというか」


 ぶつ切り……わかるようでまったくわからない……。


「魔法の訓練を始める前に、その魔力を解放する必要があります。そのために私の魔力をほんの少しお貸しします」


 チハヤは、クリスさんの両肩に力を込めた。ぐぐぐっと、力ではないなにかがクリスさんを押し付けていく。


「なんだい、これ。あたたかい? 不思議な感じだ──どこかで、感じたような」


 クリスさんがそうつぶやいたとき、チハヤの体から光の玉のようなものがふわりと出て、クリスさんの体に入っていく。その光が吸収されるように消えると、チハヤは手を離した。


 クリスさんは、驚いたようなうれしそうな微笑みを浮かべて自分の手のひらを見つめている。


「これは、なんかよくわからないけど、力がみなぎっていく感じがする」


「まだです。今の状態では私の魔力が使えるだけ。ここから、クリスさんの中に眠っている魔力を揺さぶり起こします。──これを」


 チハヤはどこからか取り出したビンをクリスさんに手渡した。いかにも怪しいと言っているようなビンだけど、クリスさんは素直に受け取るとフタを開ける。


「この匂いは……酒?」


 鼻を近づけて再度匂いを嗅ぐと、クリスさんのきれいに整った端正な顔が歪む。


「けっこう、度数が高い。それになにか変な感じがする。……まさか媚薬、とか?」


 妖艶な笑みを見せるクリスさん……そんなわけあるかい!! た、たぶん……。


「もちろん媚薬などではありません。これは、ハーブ種の一種でソーマと呼ばれるものです。以前、錬金術の話をしましたが、彼らの作製した魔法アイテムの一つ。飲むと眠っていた魔力が一時的に高まります」


 そっと胸をなでおろす自分がいた。チハヤはあくまでも冷静な顔で言ってのけた。もしかしたら、グレースの目と耳を隠さなければいけない大人な会話になるところだったかもしれない。


「ふぅん。えっちな気分を高めるのなら、歓迎だけどねぇ」


 危ない! と思って私はとっさにグレースの猫耳を両手でふさぐ。大丈夫、たぶん、クリスさんが「えっ……」って言ったところで音を遮断できたはず!


「クリスさん! 変な冗談言ってないで早く飲んでくださいよ!!」


 なにも聞こえないはずのグレースがいかにも不思議そうに、大きな瞳で私を見上げている。


「はいはい、わかったって。サラちゃん、そんな真っ赤な顔しなくても──」


「真っ赤な顔なんてなってないです!!」


 肩をすくめると、クリスさんはガラス瓶を傾けて一気に飲み干した。


「……くぅ~効くね~!! 度数何度? こんな小さいのにいい感じに酔えてしまうよ。酔っ払った私はどうなるかわからないよ~」


「度数ははっきりとはわかりませんが、通常の10倍の濃度のものです。クリスさんは慣れているでしょうから、この濃度にしましたが、通常の魔法使いであればすぐにアルコールが体に回って気絶してもおかしくないほどの量だとか」


 チハヤよ。いくらクリスさんでも人間ぞ? 大型獣やモンスターじゃないんだから。


「へ~なるほどね~。私ならね~大丈夫だけど~」


 大丈夫じゃない! ろれつが回っていないから、しゃべり方がエルサさんみたいになってる!


「いい感じですね。それでは、手始めに壁に向かってこう魔法を唱えてください。ファイアーボール!」


 魔法使いっぽく魔法を詠唱すると、チハヤの手から火の粉が出た。軽く出た火はすぐにかき消えたけど、思い出したわこの魔法。王都であのお嬢様マリーがいきなりぶっ放してきた魔法だ。


 あのときはチハヤの出した水の壁で消火できたけど、マリーお嬢様はマジで攻撃してきたから、顔にでも当たったら火傷していたかもしれない。


 でも、ま。クリスさんなら大丈夫だろ。初めて魔法を使うわけだし、いくらチハヤの魔力を分けて魔力を高める謎の液体を飲んだからって火傷するような威力の魔法が放てるわけがない。


「ファイアボール~!!」


 ドン! ドドン!!


 そんな感じだった。これは、心の中で丁寧に伏線を張ったことが裏目に出てしまったのかもしれない。ほら、たいてい物語は伏線を張り始めるとその通りになると言う謎の決まりがあるけど、まさか、そんな現実でもそんなこと起こるとは思わないじゃん。


 なんならあまりの音のデカさにグレースの耳をふさいでおいてよかったと思ってしまった。


「あれ? あれれ?」


 クリスさんの手のひらから放出された炎の玉──そう、もはやチハヤの出した火の粉なんてもんじゃなく、これは炎の玉だ──は、目にも止まらないスピードでまっすぐにギルドの壁にぶつかり、消えた。


 こんがりと壁をこがして。


 こんがりと壁をこがして。


 こんがりと壁をこがして?


 こんがりと壁をこが──。


「ク、クリスさん!!! なにをしてるんですか!? ギルドの壁が大変なことに!?」


「あれ? ごめん、加減ができなくて」


「ごめんじゃないですよ! おい! チハヤ!! なんとかならないのか!? 壁こげちゃったじゃねぇか!!!!」


 それもちょっとこげちゃったねじゃないんだわ。なんかもう、人を丸こげにできるんじゃないかってくらい大きな円状にこげてるんだわ!!!


「こげたものはさすがに壁を塗り直したりしない限りは修繕できないかと。いや、しかし私も驚きました。まさか、これほどとは……そうだ、他の魔法も試してみましょう。火魔法の次は水魔法、そして雷魔法や土魔法も──」


「いいから外でやれ!!!!」



 まさかのギルドの壁をこがすという大問題を起こしたにもかかわらず、室内で魔法の訓練を続けようとした二人を外に追い出し、小一時間。


 グレースが興味深そうに焼けこげた跡を指でつっついたり、なでたりしている様子を見ながら私は頭を抱えていた。


 トーヴァはギルドの床を破壊するし、エルサさんは天井に穴を開けるし、クリスさんは壁をこがす。こんなんじゃ、こんなんじゃ、ギルドが壊れてしまう……!!


 トーヴァの言う通りマジで早く訓練場を建てないといけない! しかも魔法に強いやつ! よくわからないけど、あんだろそう言うの。


 そのためにはお金が必要で、そのためにはコーヒーを売らなきゃいけなくて、そのためには──。


「あぁ!!! 頭がおかしくなる!!!」


 いっそのこと髪の毛をかきむしりたくなる衝動にかられた私の耳に助けを呼ぶ声が飛び込んできた。


「おーい!!! 大変だぁ、サラちゃん!!!!」


「なに? 今度はなに!?」


 イライラをぶつけてしまって申し訳ないとは思う。だけど、今の私は考えることがいっぱいありすぎて他のことにかまけている場合じゃないんだよ!


 振り返った私は、しかし、あまりにも尋常じゃないくらいのこわばった表情を前にして、考えていたこと全部を忘れてしまった。


「なんですか? なにがあったの?」


「現れたんだよ! あれが!」


「あれって、なにが!?」


「モンスターだよ! アビシニア村にモンスターが出てしまったんだ!!!!」

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