洞窟は、私が思っているよりもなぜかずっときれいな状態だった。想像していたイメージとは違って、不思議なほのかな青白い光が奥まで続いている。もっと、こうコウモリが大群で襲ってきて「きゃー」みたいなのを想像していたんだけど、神秘的な感すらある。
だから私は、こんな言葉をつぶやいてしまっていた。
「本当にモンスターなんているの?」と。
「います」
「ああ、いるな。気配がビンビンする」
チハヤとトーヴァ、二人の悪魔が息を合わせたようにモンスターの存在を確信している。
「感じるだろ、エルサ」
「うん~なんかこの~モヤモヤとした感じかな~。クリスはどう?」
「嫌な感じはするね。気持ち悪くなった酔っ払いがテーブルにぶちまける直前のような嫌な感じだ」
……どんな感じやねん。そんな、長年酒場で働いてきた人にしかわかんないたとえはやめてほしいんですけど。まあ、危険度で言えば同じようなものなのか? いやいや、そんなわけ──。
モンスターは人を襲う。酔っ払いのあれは人を……まあ襲うな。襲うけども。
ようは、モンスターは人を傷つけ場合によっては重傷を負わせ、運が悪ければ死を招くこともある危険な存在だ。
それが、この暗がりの奥にひそんでいるとしたら──。
「……どうしたんですか、サラ様。動きづらいです」
そりゃ、背中にピッタリくっついてたら動きづらいだろうけどさ。許してくれよ。こっちはまるで戦えないんだから。
「グレースは私が守るから、私の身の安全はチハヤが保障してよ」
そう言って横に並ぶグレースの手を握る。それを見たチハヤは困ったような顔を浮かべたが、すぐに前を向いて「わかりました。その代わり、離れないでください」と言ってくれた。
くぅっ……。やっぱ、離れようかな。
「聞いた? 今のセリフ! チハヤくぅん、さすがにイケメンすぎる!」
その通りだよクリスさん。残念だけどイケメン過ぎる。イケメンがイケメンなセリフを吐いたらどうなると思う? そう、心臓が爆発してしまう。
私の心臓が暴れ回っている。くっそ、なんでこんなチハヤなんかに──。
などと勝手に心の中で悪態をついていると、急にチハヤが立ち止まった。
「ちょっ、急に立ち止まったら危ない──」
剣を抜く金属音が洞窟に響いて、私は状況を察知した。トーヴァが剣を抜いただけじゃない。洞窟の奥から妙な音が聞こえてくる。
「すみません、サラ様。モンスターです」
「うん、わかってるよ」
奥の方から聞こえてくるのは、なにかボールが弾むような音だった。ポーン、ポーン、ポーン、と不気味な音が一定のリズムを刻んで近づいてくる。
「……なんだ、こいつか。ぜんぜん大したことねぇな。エルサ、やっちまいな」
「え? え~? ……私、ですか?」
「ちょっと! トーヴァ、なに言って! エルサさん、強くなったかもしれないけどモンスターと戦ったことなんてないんだよ?」
エルサさんだって戸惑っている。なのにトーヴァは引き抜いた剣をサヤに戻しやがった。
その間にもなにか跳ねるような不気味な音はどんどん近づいてきていて、ついに私の目にも見えるところまできたところで、モンスターは止まった。
モンスター? いや、たしかにモンスターだ。見たことのないヘンテコな形をしている。だけど、こんなプリンとかゼリーみたいな……。
「戦った経験はないかもしれねぇが、こいつだぜ? 今のエルサなら簡単にたおせるさ」
ポヨンポヨンと跳ねているそいつは、一見無害そうに見える。開いているんだか閉じているんだかわからない二つの目に大きな口は、かわいいとすら思えてくる。なにより間近にいるのに攻撃を仕掛けてこない。
「わかりました。やってみます」
「エルサさん、大丈夫ですか?」
一番先頭に来ると、エルサさんは背中のサヤから剣を抜いた。
「大丈夫かどうか──わからないけど、強くなるって決めたし、やってみるよ!」
エルサさんは体勢を低くすると、素早く剣を横に払った。モンスターはびっくりしたように目を開くと、後ろへと逃げる。そのまま後ろを向いて逃げ出そうとしたところへ、エルサさんの一撃が決まった。
斬った──と思ったけど、実際にはモンスターはポヨンと跳ね上がり洞窟の壁へと激突する。そのまま目を回すと仰向け、というか顔を下にしてたおれてしまった。
「……たおした……のかな?」
エルサさんがトーヴァの方へ顔を向けると、トーヴァは満足げにうなずく。
「ああ、とりあえず合格だ」
「やったぁああああああ~~~~~~!!!!!!」
うれしそうにピョンピョンと跳ねるエルサさん。弱い、とトーヴァは言っていたけど、あっという間にたおしてしまった。
……これからはエルサさんを怒らせるのは、マジでやめておこう。
それより、気になるのが。
「今、剣で斬ったはずですよね。でも、どうしてモンスターの体が斬られてないんですか?」
「それは、簡単だ。見てみろ」
トーヴァはエルサさんの剣を平気でつかむと、刃先を向けた。それだけで理由は理解できた。
ようするに刃こぼれもあるし、なんかさびてるし、切れ味がゼロなんだ。
「木もたくさん刈ったからね~」
「エルサの剣はもうボロボロだ。これは、早急に鍛冶屋もつくる必要があるな、ギルド長」
にやにやと意地悪い笑みを浮かべるトーヴァ。ぐっ……こいつ! また!
「サラ様。ギルドの話は後にしましょう。まずは、この奥に進まなければ……サラ様、グレースがモンスターを気にしているようです」
「んぇ?」
グレースはたおれているモンスターを小さな手で指差すと、ぐいぐいと私の手を引っ張った。
「モンスターのところ行きたいの?」
コクコクと小さな顔でうなずく。かわいい……が。
「チハヤ」
安全を確認しなきゃいけない。弱いとしてもモンスター。戦う力のない私たちがおそわれたら、きっと大変なことに……!
チハヤは近所を散歩でもするような足取りでモンスターに近づくと、手袋をはめた指先でつんつんとモンスターの体をつっついた。つっついたはずなのだが、なぜかぶにゅっとゼリー状の体に指が入っていく。
なんだこいつ、気持ちよさそうだな。
「問題ありません。完全に気を失っていますので、グレースでも触れます。こちらに来ますか?」
「あ、ああ……」
グレースの手をつないだまま、チハヤのそばに寄ると、グレースはモンスターの体、いや柔肌をぷにぷにと触り始めた。……なんだ、おい、このフォルム、そして質感。近くで見ると実は巨大な動くゼリーなんじゃないかと思うほどだ。
「チハヤ、こいつはなんなんだ? 前に王都で襲ってきたのは完全に化物みたいなやつだったけど」
「このモンスターの名前はスライムです。このようなゼリー状の体にかわいらしい顔が特徴的なモンスター」
「なんか、モンスターっていう感じがしないんだけど。あまり迫力感じないし」
「でしょうね。スライムは言わばザコ敵。あまりにも弱いので素手でたおせる人間もいるくらいです。基本的には、人畜無害と考えていいでしょうか。まあ、放っておけば畑を荒らしたりはしますけどね」
畑を荒らすって、それはもうただの動物なんだけど。なんなら、鈍器があれば私でも勝てそうだぞ?
それにしてもグレースは、熱心にスライムの体を触っている。なにか気になるところでもあるのだろうか。
そして、グレースを熱っぽく見る目がもう一人。チハヤだ。
「チハヤ、なにを考えてる?」
チハヤは目を細めた。
「いえ、もしかしたらグレースの適性は
「あっ、おい──」
背を向けると、チハヤはそのまま洞窟の奥へと進んでいった。まぁた、意味深な言葉を残して。
──って。
「だから! 先に行くなって! 突然もっと強いモンスターが出てきたらどうすんだ!」