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第58話 魔法使いクリス

 私たちはさらに奥へと進んだ。洞窟らしく曲がりくねった道を、チハヤが左に曲がれば左に、右に曲がれば右に、止まればストップと背中に引っ付いて移動する。こうすれば、たとえば突然、遠投武器的ななにかや魔法で攻撃されたとしてもチハヤが壁になって守ってくれる。サイアク、瞬時にしゃがめば攻撃はチハヤの顔に命中するだけで私(とグーレス)は無傷に終わるだろう。


 モンスターの襲来に備え、いつでも動けるようにステップを踏んでいたら、振り返ったチハヤにかわいそうな目で見られてしまった。憐れみというやつだ。きっと。


「……そんなことしててもムダだ、サラ。来るときは来る、やられるときはやられる。全滅するときは全滅する。モンスターとの戦いはそういうもんだ。なんせ、人間と違って思考が全く読めねぇからな! ハッハッハー!!」


 なにがおかしいんだ? ぜんっぜん、おかしくないわ。


「剣を振るいすぎて頭まで筋肉になった──わけじゃないよね、トーヴァ」


「ふふっ。ビビってるくせに面白いジョークは言えんだな。筋肉ついでに言うと、感じるよ。この流れ的にはまたモンスターがいるね」


 なにをどう感じるってんだ! モンスターに襲われる流れなんてあってたまるか!!


「そうですね。次、モンスターが出てきたら今度はクリスさんにお願いしますか。加減は必要でしょうが、ここならある程度魔法で壊れても問題ありません」


「チハヤくぅん♡……とはさすがにならないよ! そんなまだ基礎魔法をちょっと教えてもらっただけなのに!!」


 チハヤも暴走気味だが……クリスさんが冷静になるパターンもあるんだな。チハヤに言われて海にまで飛び込んだことがあるのに、命の危機はやっぱり別格か。


「でも、クリスなら大丈夫だよ~私でもモンスターに勝てたしね!」


 なぞの自信を見せつつ背中を押そうとするエルサさん。でもさ、エルサさん、その先は勇気じゃなくて無謀かもしれないんですよ。


「クリスさんなら問題ないかと思いますが。まあ、臨機応変ということで進みましょう。なにかあれば我々がサポートいたしますので」


 サポートじゃねぇんだよ、メインで戦ってくれ! クソ強いんだから!!


 そんなこんななやり取りをしてさらに洞窟の奥へ進む。うにょうにょうにょうにょ、と蛇のように曲がりくねった道だったのに、いつの間にか広い空洞に変わる。変だな。さっきまでよりも天井は高くなっている気がする。青い光も強くなっているような……。


「これは──」


 チハヤが歩く足音がやけに固い。地面じゃなくてレンガを踏んでいるような。


「ただの洞窟じゃないようだな。なにかの遺跡か?」


「詳細はわかりませんが、人工物であることは間違いないようです」


「人工物ぅ?」


「ええ。人の手が加わった洞窟ですね。なにかを意図して建造したのでしょう。奥に行けばそれがなんなのかわかると思いますが──」


 チハヤの背中で見えないが、前方になにか出たらしいことはわかった。それも、一体だけじゃない感じだ。


「モンスターの群れだね。ちょうどいい、それこそ魔法使いの出番じゃねぇか!」


 トーヴァの一言に、みんながクリスさんを見た。当の本人は──。


「はっ!? い、いやいやいやいや!!?」


 クリスさんらしくないけど、普通の当然の反応が返ってきた。でも、指導する二人が異常だからなぁ。


「クリスさん、心配することはありません。魔法をぶっ放す気持ちで」


「そうだ! やっちまえ! 執事のお墨付きならやれんだろ!!」


 ──と、いうことでエルサさんと同じく先頭に出されてしまったクリスさん。しかし、対するのはあれだ。ネズミみたいなキモ──と言ってしまえばネズミ愛好家の人たちに怒られるかもしれないので、言い方を変えると気持ち悪いモンスターの群れだった。たぶん洞窟の暗がりを探して壁や地面や天井をウロチョロしている。


 ただのネズミなら怖くはない。だけど、チラッと見えた感じ口が裂けていて顔よりもデカい牙が生えていた。噛みつかれたら痛いなんてもんじゃすまないと思うんだけど、ね。


「チハヤ、本当に大丈夫なのか?」


 燕尾服を引っ張ると、クリスさんに聞こえないように、背を伸ばしてそっと耳打ちする。


<問題ありません。クリスさんの魔法の威力、サラ様もその目で見たはずです。あの牙ネズミ程度ならすぐに蹴散らすことができるはず>


 チハヤは前を向いたまま、また急に脳内に語りかけてきやがった。……いや、待て、耳元で直接囁かれる方がヤバいか。


<それに──>


 それになんだ?


「いざとなれば助けに入りますので」


「お、おう、頼んだ」


 こ、こいつ! 今、まさに想像していたことと同じことやりやがって! 耳元に唇を近づけんなバカ!


 動揺して、なにが「お、おう、頼んだ」だよ! 私のキャラじゃない! うわぁあああ!!


「なに頭抱えてんだ、サラ。クリスが魔法の詠唱を始めるぞ」


「は、はい!!!」


 緊張の面持ちのクリスさんは、ためらいがちに右手を前へと突き出した。チハヤが魔法を唱えるのと同じように。そして、なぜか右手が震えている。


 あれ、チハヤのときはすっと魔法を放っていなかったっけ?


<魔法自体は詠唱さえすればすぐに発動します>


 まぁた、心を読んでるのか! ってくらいすぐに頭の中で解説してくれる。


<なので、今、クリスさんは困っているのです>


 そりゃ困るよね。心の準備もまだなのに、いきなりモンスターと戦えなんてさ。


<サラ様は、おそらく「いきなりモンスターと戦えなんて困るに決まってる」と思っていると思いますが>


 当たりだよ!


<クリスさんの悩みはそうではありません>


 は? じゃあ、いったいなんだって──。


<魔力のコントロールです。ぶっ放してとは言いましたが、クリスさんの魔力で本当に何も考えずに魔法を放ってしまえば、おそらく洞窟ごと崩れてしまう。だから慎重になっているのです>


 そんなバカな! と思ってクリスさんを見れば、突き出した手のひらに、なにか赤い渦のようなものが集まっている。薄い、半透明の赤色が。


<魔力が目で確認できるくらい、凝縮されています。あれができる魔法使いはそうそういないでしょう。ただ、モンスターも異変に気づき襲ってくるはずですが>


 チハヤに言われたようにチョロチョロと動き回っていたネズミの群れが静かになり、一カ所にどんどんどんどん集まっていった。まるで一丸となって襲って来ようとしているように。


 ウソでしょ? あんなのが来たらキモチワルイ──じゃなくて大変なことになる……!


「クリスさん!!」


「バカ! 大声出したら、奴らが襲ってくるだろうが!」


 トーヴァの声が弾けた途端、ネズミの群れが一斉にクリスさん目掛けて襲い掛かってきた。


 でも、クリスさんは右手を掲げたまま──。


 「ファイアボール!!」と魔法を唱えた。


 ……えぇ、ファイアボール。その名の通り、火の玉を発動する魔法だ。たしか、うん2回くらい見たことあるな。1回目は、王都で節操のないわがままマリーが勝手に突っかかってきたときに見た。もう1回は、忘れもしない、クリスさんがギルドの壁を焼いたとき。


 あのときはびっくりしたよ。まさかそんなだってねぇ。火の玉を投げる割と威力の低い魔法なんだろうなと思っていたら、壁がこんがり焼けてんだから。いや~まいったね。


 ……なんていうレベルを超えてるんですけど! なんだ今の! ファイアはファイアだとして、ボールなのかって!!


 そう、クリスさんが放った炎は、迫りくるネズミたちを包囲すると、空中から一気に殴りかかった。


 ボン、だ。ボン。爆発ってこと。


 牙ネズミはクリスさんの魔法により、一斉に黒コゲになってダウンしてしまった。


「サラ様は、もしかしてボールなのかと思っているかもしれませんが、一応球状だったのでボ──」


「もういいわ! それよりクリスさん! なんですか今の魔法の威力!?」


 華麗なターンで振り向いたクリスさんは、腰に手を当ててなぜかポーズを決めた。


「そんなにすごかったか? そう、これが私の魔法! クリスの魔法使いデビューだ!」


 あっ、完全に調子に乗っているわ……。


 そのあとも、グレースが黒焦げになったネズミをツンツンさわったり、調子に乗ったクリスさんとチハヤが魔法談義を始めたり、エルサさんがニコニコしながら剣を振り回したりと、いろいろめんどくさいことはあったとは言え、私たちは洞窟の最奥にたどり着いた。


 そこは一種の広場のようだった。今ならチハヤの言っていた人工物の意味がわかる。明らかに洞窟をくり抜いてつくったような空間の中央に、どでんとデカい建造物が置かれている。


 王都のギルドセンターのような白い石を材質にしたその円形の建物は、まぶしいほどの青白い光に照らされている。そもそもが意味がわからないものだけど、一番気になるのは、真ん中に星のような模様が描かれていて、その中央が赤く光っているということ。


「チハヤ、これは? ずいぶん古びた感じだけど……」


 チハヤはじっと見つめた後に、こともなげに答えた。


「これは、古の時代につくられたワープ装置ですね。つながったどこかに瞬時に移動する、転送装置です」


「……転送装置!?」

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