転送装置って言われましても……なにがなんだかさっぱりワカラナイヨ。
「転送装置だと!? それは、本当か、執事!!」
「トーヴァ!?」
急に表情を変えたトーヴァはチハヤに詰め寄った。
「ちょっと待って、いきなりどうしたの!?」
「転送装置はエルフの技術だ! それがこんなところに……! それになんでお前がそのことを知ってんだ!?」
「……会いましたから、エルフのみなさんに。モンスターを助けたときに」
「モンスターを!? そうか、だからお前エルフのことを──。わかった、理解した」
トーヴァは今度は沈んだような表情に変わり、転送装置とやらに近づくと装置にこびりついたほこりをふき取った。
いやいやいやいや、二人で納得しないで。全然わからないんだけど。
「トーヴァ、いったいなにがあった──」
「サラ、見ろ、ここ。古代エルフ語だ」
いや、だから話、被せんなって。わからない状態で進むなって。あーまあいいや。
トーヴァの横に並ぶとしゃがみ込んでその文字を見る。
「で、古代エルフ語がなんだって?」
刻印された文字は青白い光に照らされて輝いていた。歴代村長の日記よりもさらに全くよくわからない文字──というか模様がカーブを描くように並んでいる。
「古代エルフ語。今は使われてないエルフの言葉だ。正確に言うと、使えなくなってしまった。モンスターの群れに集落が襲われたからな」
「モンスターに襲われた!? それって、トーヴァの村がってこと!?」
確かトーヴァは半分エルフの血が流れていると言っていた。名前の由来もエルフから来ているって。
「なに、私が生まれるよりもずいぶんと前の話だ。あちこちに瞬時に移動できる転送装置は便利だって言うことで、魔王は気に食わなかったんだろうな。全てのエルフの集落が狙い撃ちされた。エルフは、強大な技術力を持っていたが森に住んでいる。モンスターに襲わせ、火を放てば簡単にやっつけられたのさ。集落を追われたエルフは、世界中に散らばった。その一人の末裔が、私だ」
「……それは──」
私はなにも言えなかった。ずいぶんと前の話、と言う割には、あまりにもトーヴァの横顔が悲しそうだったから。
モンスター。エルサさんとクリスさんは簡単にたおしていたけど、やっぱり恐ろしい存在には違いない。それに魔王……。いくら邪魔だからって、森に火を放つなんて極悪非道すぎる。いったいどれだけの命が犠牲になったことか。
私の顔をちらりと見ると、トーヴァはふっと笑みをこぼした。
「まあ、そんな顔すんなって。そういう悲劇をなくすためにも、ギルドがあるんだろ?」
それは、そうなんだけどさ……。
「それより、執事。ここに転送装置があるってことは、モンスターは転送装置を使って、どこかからここへ飛ばされてきたってことか?」
「ええ、おそらくは。アビシニア村には、長い間モンスターが現れていません。だとすれば、偶然にもこの転送装置がどこかへつながり、そして、また偶然にもモンスターが乗って飛ばされてきたものと考えられます。それを確かめるためには、サラ様に転送装置に乗ってもらうしかありませんね」
「……はっ?」
チハヤの一言に、今までの思考や感情が全部吹っ飛んでしまった。
*
「いや、待って。あの、全然わかんない、もう一回、どういうこと?」
私はなぜか星っぽい模様の上に立たされていた。この星っぽい模様は、ただの星ではなくて六芒星とかいうやつで、魔法の儀式に使われるらしい。そして、真ん中の赤い光は、実は転送先につながっているとかいないとか。
「仕方ねぇな、サラ。執事、もう一回説明してくれよ」
「サラ様にもわかるように、なるべくかみ砕いて説明したつもりだったんですが」
ため息つくな、バカ! こっちが悪いみたいな感じ出してるけど、絶対そっちが悪いからね!
「古代エルフ語が扱える者がいなくなったので、基本的には転送装置は使われなくなったんです」
「うん。それは、聞いた」
「なので、なにかの拍子にこの転送装置がどこかの転送装置につながってしまったのではないか、と私は考えました」
「うんうん、それで?」
「それで、本当につながっているのか、そしてつながっているとしたらどこにつながっているのか、確かめる必要があります」
うん? うん、そうだよね。確かめないと、村のみんなが不安がるしね。でも。
「それで、サラ様に転送装置に乗って確かめに行ってもらおうと」
「……いや、待って、やっぱりわかんない。もう一回お願い」
「なにがわからないんですか?」
少しの沈黙のあと、チハヤもわからないというふうに首を傾げた。わざとらしいなぁ、おい。
「うん、私が確かめに行くってところかな? あの、確認だけど、この先、モンスターが出るかもしれないんだよね? っていうか、チハヤの考えが正しければ十中八九モンスターがいるんだよね?」
「私の推理が正しければ、間違いなくモンスターがいます」
「そうだよね、そうだよね。だとしたらだよ。チハヤやトーヴァも戦える。エルサさんもクリスさんも、まあ、一応は戦えるよね。だけど、私は? 私は、ただの18歳のか弱い乙女で戦闘なんて全然、だよね?」
「サラ様がか弱い乙女かどうかは異議がございますが、戦闘が無理なのはその通りだと思います」
気になる言い回しだな~あ~腹立つな~。
「まあまあ。で、だよ。なんで私が行くの? 私より明らかに他の誰かが行った方がいいと思うんだけど」
「それは、サラ様がギルドマスターだからです。サラ様自らがその目で確かめることに意味があります」
「あ~なるほどね、責任者的な、ね、あれね? でもさ、その護衛の意味でも他の──」
「ごちゃごちゃうるせぇな! 早く行け! サラ!!」
ドン、と背中を蹴られる。
ダ、ダメだって! そんなことされたら! 体幹の弱い私は耐えられ──。
「ちょ、ま、え? トーヴァ!! てめぇ!!!!!!!」
体が赤い光に包まれる。にらみつけたはずのトーヴァの姿はすぐに消えてなくなり、気がつけば私はどことも知れぬ場所にいた。
辺りを見回すと、転送装置のあったところと同じような白い石でまるごと覆われたような部屋だった。
神、殿? なんとなく、そんな感じの厳かな感じがする。そう、王都に行ったときに遠目で見た教会に雰囲気が似ている。エルサさんが血の特訓をしていたところだね。
──そんなことより、ひとまずモンスターは、いなそうだ。
「…………」
安全とわかると沸々と湧き上がってくる怒り。燃えたぎるマグマのような熱い──いや、そこまでではないけれど。
「あいつ、マジで! 心の準備もできてないのに背中を蹴るやつがいるか!? チハヤもチハヤだ! こういうとき、いつもなら付いてきてくれるのに! エルサさんもクリスさんも、私が行こうか~とかそういうのないのか! グレースはしょうがない!!」
ったく。もういいや、もう帰ろう。
「チハヤ! どうせ聞こえてんだろ!? とりあえず、変な部屋に飛ばされたけどモンスターはいませんでした! 以上! おい! チハヤ! チハヤ!?」
髪飾りのクローバーに指を当てる。数秒待ったが、返答はなかった。
このパターン。まさか、相当遠くに来てしまったのか!? ヤヴァイ、さっさと戻ろうっと。
そう思ったときだった。
「え!? なに!?」
一斉に、部屋の外から雄叫びが聞こえる。耳を塞ぎたくなるような地鳴りのような大きな声。ビリビリビリと体が震え、部屋全体が揺れた気がした。
「今のって……!?」
人間じゃない。人間があんな低い音を出せるわけがない。あれは、今のは、絶対、ぜったいに──。
「モンスターだ! モンスターだよ!! ちょっと待ってよ!!!」
慌てて転送装置の赤い光の中へと駆け込む。早く……早く……早く……!!
視界が揺らぎ、雄叫びが小さくなっていく。また、気がついたときには見慣れた顔が近くにいた。
「チハヤ! お前っ!」
「ど、どうされましたか? サラ様!?」
「どうされましたか、じゃないよ! なんで返事してくれないんだ!」
「すみません。声が届かなくなってしまったようで……その」
「あっちはヤバかったぞ! 最初はモンスターなんていないと思ったんだけど! ぐわおぉってすごい雄叫びが聞こえてきて!!」
「わ、わかりました。その、サラ様、いったん、落ち着いて……一度、体を離していただいてもいいでしょうか?」
「えっ!? あっ、はぁっっつっつ!!!」
私は、自分でも気がつかない間にチハヤに抱きついてしまっていた。