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第60話 モヤモヤを解消するためには、とにかく動くべし!

「サラ様。村のみなさんへの説明は終わりました。みなさん、理解してくれたようで助かります。ギルドへの護衛任務も新たに増えましたし、これからコーヒー栽培も本格的に始められますね」


「お、おう……」


「それから、モンスターの出現と転送装置の発見についてはトーヴァさんを通じてギルドセンターへと報告をお願いしています。また、転送装置のあった洞窟ですが、今から容易に侵入できないように壁を造ってこようと思いますが、サラ様はいかがなさいますか?」


「ここ、ここにいようかな? うん、なんかギルドに人が来るような気がする!」


「……そうですか。それでは、作業に行ってまいります」


 ギルドの鐘が鳴って、チハヤは外へと出ていった。私はチハヤの淹れてくれたミルクコーヒーを……チハヤが淹れてくれた?


 カップを傾ける手がぷるぷる震えている。い、意識するな。チハヤが紅茶やコーヒーを淹れてくれるのは、いつものことだろサラ!


 で、でも……気まずい……。


 なんであんなことになったのか。チハヤをその、あれだ、その、あの、抱き締め、違う、ハグ、違う……体当たり! そう、体当たりをしてしまったのはなぜなのか。


 いや、きっと誰だってそうだ。いきなり一人ぼっちで遠く離れた見知らぬ場所に送られて、大量のモンスターの雄叫びが聞こえてきたら恐怖で誰かに頼りたくなってしまう。そう、そうそうそう。戻ったときに、たまたま、たまたまね、たまたま目の前にいたのがチハヤだったっていうだけで、仮に目の前にいたのがエルサさんやクリスさんやグレースや、あのトーヴァだったとしても抱き締め──だから、体当たりをしたに違いない。絶対、そうだ!


 そ、そうだよな……?


 私はそっとコーヒーカップを受付テーブルに置くと、後ろを見た。今もグレースはソファに横になってすやすや眠っている。


 右手で胸をさわる。いつも以上に鼓動が早い気がする。


 まあ、ね。チハヤは性格はあれだけどイケメンだからね。これは、変な感情とかそういうのはなくて、ただの乙女のときめきというやつだ。きっと。イケメンを前にした乙女なら誰もが抱くときめき。クリスさんがいつも変になっているのと同じやつだ。


 気のせい、気のせい。このサラが、あんな悪魔なんかに──。


「おっ? なんだ、サラ一人か?」


「ぶわちゃぁああ!!!」


 鐘の音とともにクリスさんが顔を出した。突然の登場に心臓が痛い。が、慌てて両手でコーヒーカップをつかんだ。セーフ。


「なんだ、急に変な声出して」


「ク、クリスさんこそ、いきなり現れないでください!」


「ギルド員なんだからいいだろ? ……ん? さては、サラ、今チハヤくんのこと考えてただろ?」


 ギクッ!!!


「いや~なんのことでしょう。私は、コーヒーを飲みながら今後のことを考えていただけです」


「ふ~ん?」


 クリスさんは私の後ろに立つと、顔を近づけてくる。


「な、なんですか?」


「顔、赤いぞ」


「えっ?」


 カップを置いて両手で顔をさわる。マジか、顔赤いって! ……って、クリスさんがニヤついている!


「赤くなんてないよ。でも、それを気にするってことはやっぱり──」


「そ、それは! チハヤがどうとかそういうことじゃなく! 誰だってああなりますよ!」


「ああってなに?」


「た、体当たりです」


「体当たりね。怖くて抱きついてしまっただけだろ? それをわざわざ体当たりなんて言うってことは意識し──」


「してないです! まったく! 全然! これっぽっちも!!」


「じゃあ、ウチがチハヤくんを食べてもいいのかい?」


「う……た、食べるって……」


 なんつー言い方を……!


「言葉に詰まったな」


 クリスさんの顔が離れていく。ついつい目は、クリスさんのなまめかしい脚と豊かな膨らみ、谷間、そしてぷるんぷるんとした洞窟のスライムみたいな唇を追ってしまう。


 クリスさんは意地悪く笑った。


「冗談だよ。チハヤくんにその気はなさそうだからね。なんたってサラ・・執事だから」


「なっ……! クリスさん!!」


「そう言えば、この会話も聞こえてるんだろ? そのブローチを通して」


 はっ! そうだった!! ブローチをつけっぱなしだった! 今の会話、チハヤにも筒抜けに!!


「んぎゃぃいやあぁああああ!!!! チハヤ! 今の全部忘れろ!! 乙女の会話だ!! 記憶から抹消しろぉおおおおおおお!!!!!!」


<……承知しました>


 チハヤのあくまでも冷静な声を聞いた後、ブローチを取ると、私は風よりも早く2階に上がり、ブローチを床に置いて、また鳥のように素早く受付へと戻ってきた。


「ゼェゼェ……こ、これで……大丈夫……」


「なんだ、ブローチ外しちゃったの? 二人の愛の結晶なのに」


 意地悪い笑みを浮かべたまま、クリスさんはイスを引いて隣に座った。


「ただの便利な連絡手段です」


「その割にいつも付けてたじゃん? うれしかったんでしょ? チハヤくんからのプレゼント」


「うるさい! それ以上言うとさすがに怒りますよ!!」


 くそっ! 結局、洞窟のあの一件でブローチの秘密もみんなにバレてしまった。一番知られたくなかったクリスさんにまで!


 ブローチを欲しがるなんてことはなかったけど、からかわれる材料を与えてしまったじゃねぇか!


 ──あれから、速攻で洞窟を後にして、私はチハヤに村のみんなへの説明を任せて、一足先にギルドへと戻ってきていた。


 さっきの話からすると、チハヤの説明に村のみんなは安心したらしい。護衛の任務ってのは、そうは言ってもモンスターが出る危険性があるから、悪魔の森の作業のときには誰かギルド員がついているということだろう。


 トラブルはあったけど、問題はない。コーヒー豆の収穫は引き続き村の総出で行われるし、私は加工と出荷をどうするか考えないといけない。トーヴァなんて「これでモンスター退治の依頼が達成しやすくなったな」とかほざいてやがったぐらいにして。


 問題はない! そう、問題はない! はずなんだけど。


 私の中には、消化できないモヤモヤがずっとぐるぐるしていた。


「それで、クリスさんはなにしに来たんですか? もう、酒場の準備をしないといけないんじゃ?」


 モヤモヤは消えない。だけど、考えてもしょうがない。こういうときは、なんでもいいから動いた方がいい。


「ああ、そのことなんだけどね。チハヤくんと話し合って、コーヒー加工はとりあえず私の酒場でやることにしたよ。私も魔法が使えるようになったし、さらにおいしいコーヒーも研究してみたいし。だから、サラちゃんには出荷先をお願いしたいんだ。誰か、コーヒーを高く買ってたくさんの人に宣伝してもらえる人がいいね」


「……はぁ」


 んな人すぐに見つかるわけねぇだろ!! と一瞬思ったが、残念ながら心当たりはある。できれば思い出したくなかった奴だったが……。


「なに? サラちゃん、めっちゃ眉間にしわ寄ってるじゃん」


「ええ。ちょっと嫌な奴の顔が頭に浮かんだんで」


 ──そいつは、マリアンヌというトーヴァの比じゃないくらい性格の悪いわがままお嬢様だ。だが、金はある。人脈も広い。なんたってギルドセンター長の孫娘だからな。


 とはいえ、奴に会うにはまた王都に行かなきゃならない。あんまりいい思い出はないんだけどなぁ。吐き気とかめまいとか。


 ……いや、待てよ。


 腕を組んで、あごを指でなでる。


 王都にはエルサママ&パパもいる。別にわざわざ嫌な思いをしてまでマリーに会わなくたって、もしかしたらあの2人ならコーヒーを買ってくれるんじゃ?


 ……うーん。でもなぁ。あの2人に会ったら、またスペラ(スペシャルヒーラーの略)を受ける羽目になるのでは?


「なんか、めちゃくちゃ悩んでんね?」


「ええ、今、究極の選択をしているところですね。どっちも嫌な問題がついてくるっていう。……でも、クリスさん! 私、行ってきますよ! コーヒーを売るために!!」


 そして、このモヤモヤを解消するために! 王都に行けばきっとなんとかなる! たぶん! イケメンもいっぱいいるし! だいたい、この村には若い男の人がいないから、乙女の私に免疫がないだけだから!!


 ふむ。


 振り上げた拳を見ながら冷静に思う。


 おかしいな。私はギルドを経営していたんじゃなかったっけ?

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