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第61話 今度の王都の冒険は二人きり

 大陸から離れた辺境の村のギルドマスターが、異世界の飲み物「コーヒー」を売るために王都を目指す!!


 ……どんな筋書きだよ、と自分のやっていることに根本的な疑問を抱いたまま、いや、その疑問を解消するためにも私は人生2度目の王都行きを決意した。んだけど、そううまくいかないのがこのギルドなんだ。


「チハヤ、本当に来れないの?」


 ギルドの受付テーブルでにらみ合って小一時間。まったく折れる様子のないチハヤは、コーヒーを飲んだ。コーヒーが誕生してからは、あれだけ飲んでいた紅茶の存在を忘れたのかと思うくらいコーヒーばかりを飲んでいる。紅茶を飲むのは、コーヒーのストックが切れたときくらいだった。


「何度も言いますが、私にはこの村でやるべき仕事があるのです。世界を驚かせるため、より品質の高いコーヒーを作らなければ……!! コーヒーの焙煎機も必要ですし、その前に生豆の選定もしなければいけない!」


 いつになく燃えている。チハヤに今まで感じたことのない闘志みたいなものを感じる。


 私の思いはこうだ。「コーヒー売ろう!」→「説明できるのか、サラ!」→「チハヤに来てもらえばいいじゃん!」。


 最初は、私もチハヤに頼らずに一人で王都に赴く予定だった。……ああ、もちろん王都まではチハヤに送ってもらうんだけど、その後は一人でマリーかエルサパパ&ママを訪れ交渉するつもりだったのだが、一晩寝たら考えが変わった。


「でも、チハヤが来てくれた方が話が早いじゃん!」


 そういうことだ。コーヒーは異世界の飲み物。ならば、異世界転生者が説明してくれた方が手っ取り早いしなによりも説得力がある。しかも、イケメン。


 チハヤは優雅な手つきでもう一度カップを手にすると、コーヒーを口にした。


「サラ様の頼みでも、こればかりは譲れません。私は、もっとおいしいコーヒーを作りたいのです!!」


 絵になるような顔で、まったく絵にならないセリフを吐かれてしまい、私はまた頭を抱えてしまうことになる。なんでこいつ! コーヒーのことになるとこんなに人が変わったみたいになるんだよ!!



「──ってことで」


「ええ。いってらっしゃいませ」


 いってらっしゃいませ、じゃねぇーんだよ。予想はしてたけどさ。結局、こういう組み合わせになると。


 王都へ行くメンバーは──私とグレース。……二人のみ。


 チハヤはコーヒーの味を探求するため、トーヴァはエルサさんとの特訓やギルドの事務処理のため、そしてクリスさんとエルサさんは酒場と美容室、それぞれの仕事がある。ただの消去法だ。


 グレースを王都へ連れていくことには、また事件に巻き込んでしまうのではないかという危惧もあったが、「じゃあ、誰がグレースを見てるの?」となり、こうなった。


 今回は変なところへは行かないし、なんならギルドセンターで護衛を雇ってもいい。今のギルドには多少のお金はある。


 そして、今回こそはグレースを危険な目には合わせない。私が絶対に。……でも。


「チハヤ、本当に一緒に来てくれないの?」


「無理ですね」


 冷たっ! バッサリかよ! ……ああ、そうだ。かわいくお願いしてみたら、少しは心が揺らぐんじゃないのか。


「コホン……ん、ぅん~~……チハヤ、私一人じゃ怖いの……お願い、一緒についてきて──」


 どうだ。はかなげな乙女の演出。サラちゃんの意外な一面を見て、さすがのチハヤも。


「無理ですね」


 くぅっ! わかってる、わかってたよ。半分くらいはバッサリいかれると思っていた。


「まぁた、サラちゃん。チハヤくんと離れるのが寂しいなら、素直にそう言えばいいのに」


 クリスさんがにやにやと笑っている。


「ちっ、ちが! 違います! 寂しいとかそういうんじゃなくて……あーもう! わかった! さっさと王都に飛ばしてくれチハヤ!!」


「わかりました。では、行きますよ」


「サラちゃん~がんばってね~」


「収穫もなく戻ってきたら、どうなるかわかってんだろうなぁ」


 エルサさん、ありがとう! トーヴァ、てめぇ!


 ともかくも、みんなに送り出されて、私とグレースは無事に王都へと、チハヤの言葉で言うとテレポートした。


 目を開くと、デカい建物がズラッと並び、喧騒がひどく、そしてなによりも活気に満ちた王都にいた。ぐるりと見回すと、マジで相変わらずの人、人、人、人!


 さて、まずやるべきことは、体調チェックだ。グレースの手を握ると、私は一歩、また一歩とまるで立ったばかりの小鹿が歩くように、慎重に歩き始める。……おぉ、大丈夫だ。酔わない、まったく酔わない!


 私はついに王都を自由に歩ける身になったんだ!


 ……いやいやいや。自由の身になったとはいえ、自由に歩き回れるような時間はないんだ。わかるか、サラ。観光に来たんじゃない。ここはぐっと我慢してだな。


 色とりどりの花、美味しそうな香りが漂ってくるレストラン、シャレた格好をしたマダムたちが向かう先には大神殿のような劇場──。


 エルサさんの美容室でめくっていた雑誌の記事が、頭の中に流れ込んでくる。最先端のファッションに愛とロマンスが詰まった演劇、刺激の強い闘技場に美味しい料理とスイーツの数々!


 や、やばい! 足が勝手に向かおうとしている! めくるめく王都への旅に向かおうとしている!


「ちょ、ちょっとだけならいいよね。ね、グレース?」


「はぅ……?」


 かわいく首を傾げたグレース。その返事は「わからないけど、とりあえずOK」ということだな!


「よしっ! 行くぞ! ぶっ……」


 振り返った瞬間に目の前にあった大きな背中に顔がぶつかってしまった。


「あっ? なんだぁ?」


 うわ~ヤバいかも。さっそく怖そうな人にぶつかってしまった! こういうときは、謝り倒すしかない!!


「ごめんなさい。ごめんなさい。足のせいにしてグレースの言葉を拡大解釈して遊びに行こうとしてすみません。真面目に働きますから、どうか許してください~!」


 ……あれ? おかしいな、反応がない? おそるおそる顔を上げてみると、そこにはいかついおっさんの顔があった。


「よぉ、どこかで見た二人組だと思ったら」


「あっ! エルサさんに剣をくれた獣人好きな変なおっさん!!」


 あっ、やべ。完全に失言だわ、これ。

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