「いやいや、さっすがに変なおっさんと言われるとは思ってなかったわな。獣人好きは否定しないが」
ガッハッハと大口開けて笑ってくれて助かった。見かけによらず怖い人ではないんだよな、たぶん。
このおっさんは、前回王都に来たときにエルサさんに剣をくれただけじゃなくて、グレースにも似合う特注の爪のような武器をくれた人だ。あの変な武器、自分で作ったと言っていたから、鍛冶屋兼武器屋みたいな仕事をしているんだろう、たぶん。
「あの~私、サラ・マンデリンと言います。この子はグレースって言って……」
「ああん? そう言えば、名前言ってなかったか。ベルナルドだ。ここで再会したのも何かの縁、よろしく頼むぜ」
「よ、よろしくお願いします」
と言ってもだ。さっきからチラチラと視線を感じるんだよな。まあ、うら若き乙女サラちゃんに、どことなくボーっとしている女の子グレースとガタイよし、強面のおっさんの組み合わせは客観的に見て、妙だ。私でも見過ごせないね!
外で話すのもなんだ、と私たちは一番中立的かつ安全であろうギルドセンターで、テーブルに座って話をしていた。知らなかったが、ギルドセンターはギルド員に軽食も提供しているらしい。
ベルナルドのおっさんは、ビールと揚げ鳥、グレースはミルクとふわふわな白パン、そして私の目の前にはアイスティーとミートソーススパゲティが置かれている。……軽食、とは?
「それじゃあ、再会を祝って乾杯でもしようぜ。二人ともグラスを持ってくれ」
言われるがまま、私とグレースはグラスを持った。
「乾杯!」
じゃねぇんだよな。なんで私は乾杯してるんだ? なんで一緒にご飯食べてんだよ。まあ、おごってくれるって言うからいいんだけどさ。ぜぇっったい、裏があるに決まってんだろ、こんなの!
グレース、わかってるな? ここはご飯を食べたらすぐ解散だ。解散して、一度人ごみに紛れたあと、またここに来て、センター長のダニエルさんに面会する!
わかったな! と、絶対わかっていないグレースに圧をかけながらスパゲッティを頬張っていると、向こうから話題を振ってきた。
「ところで、あの青髪の嬢ちゃんにあげた剣だが、もう錆びついて使えないだろ?」
うわっ! 先制攻撃だ! こいつ、さっそく商売の話を持ち掛けてきやがった!
「そうですけど、エルサさん、あれ、鈍器のように使っていますよ。斬るというよりは叩き潰すって感じで」
これは、ありのままの事実だ。そして、言外に剣は必要ないというメッセージに──。
「なるほどな。なら、俺が見てやるよ。いらない剣だったとはいえ、人に渡したものだ。きちんと面倒見るのが俺のやり方でね」
メッセージにならなかった。伝わらなかった。失敗!
「いや~でも~鍛冶ならうちにもあるんで~」
これは、ウソだ。鍛冶屋があったら悩み事の一つが消える。トーヴァからの「発展圧」も少しは薄くなる。
「あぁん? 新しくできたのか? 確かアビシニア村には鍛冶屋なんてなかったと思ったんだけどな」
知られている! っていうか、こいつ! 私の正体に気づいている!?
「この前、そこの嬢ちゃんがさらわれたときの事件。後から聞いたらあんたがギルドマスターだったんだってな。チハヤっていう執事がものすごい強いって噂にもなってたぞ」
そうだったー!! ギルドセンターに出入りできるってことは、この人もギルド員! 調べればすぐにわかることだったー!!
「すみませんでした。まだ、鍛冶屋はないんです。なんか見栄張っちゃいました」
素直に謝る。じゃないとややこしいことになるから。どっかの執事はたとえウソをついていても、ごまかせそうだけど、私にそんな力量はない。
うん、濃厚なミートソースが上手い。
おっさんはビールを飲み干すと、腕を組んで「うーん」とうなった。なんだ? こっから、商売に持ち込もうってのか!?
今度は私が先手を打ってやる……!
「今、絶賛募集中なんですよ~。鍛冶屋やってくれる人~。うちのギルドも大きくなってきたんで、どこかにいないかなと思ってるんですよね~。どうしても都会だと遠いんで、村にないとねぇ、と思ってて~」
よしよし、これで完璧なはず! おっさんはもうここに店を構えている! よって商売は不成立! イェイ!!
「ちょうどよかった。考えたんだが、アビシニア村に店を出させてくれねぇか?」
「そうですよね。申し訳ないんですけど……今なんて?」
「ああ、アビシニア村に俺の店を出させてくれないかって。鍛冶屋兼武器屋だ。青髪の嬢ちゃん──エルサって言ったかと、そこの嬢ちゃんの武器も気になる。もちろん、他の奴らの武器も見てやるよ。あんたのギルド丸ごと面倒見させてくれねぇか?」
「ほわぁ?」
開いた口がふさがらない。きっととても間抜けな顔をしているだろうと思って、気づいたときには急いでアイスティーを飲んで口を閉じたが、いったいどういう展開だ?
「費用の心配はいらねぇ。もし、空き家なんかがあれば助かるが、なくてもこっちでなんとかする」
「いやいやいやいやいやいや」
そんな上手い話があるかって! 鍛冶屋を探していたら鍛冶屋をやってくれる人が突然現れる? そんなことが……。
はぁ!!! きっと、えげつない企みが──。
「なんとなくな、気に入ったんだよ。あんたのとこ。その嬢ちゃんがさらわれたとき、あんたらは俺の忠告も無視してまっすぐに助けようとした。心の底から仲間だと思っていなきゃ、あんな行動は取れねぇ。実は俺、別のギルドに所属していたんだが、わけあってそこを抜けて、今はソロなんだ。だから、頼む。俺をあんたんとこの専属鍛冶師として迎えてほしい!」
ごめん、おっさん。えげつない企みなんてなかったわ。
私はグレースと視線を合わせた。求めていることがわかったのか、グレースは小麦粉が口の周りについた顔で満面の笑顔を見せると、大きくうなずいた。
グレースが大丈夫なら、いい人で間違いない。
「よし、わかりました! じゃあ、ベルナルドさん! よろしくお願いします!」
「おう! よろしく頼む!」
「……なにを話していたのかよくわかりませんでしたが、ようやく話は終わったようですね。サラ」
聞いたことのある声が急に割り込んできた。
「はぁ。こんないかにも冴えないギルド員をスカウトするほど、あなたのギルドは相変わらず戦力が足りない様子。あなたさえよければ、わたくしのギルドから何名か送って差し上げてもいいのですわよ。ああ、しかし、まだランク1でしたものね。失礼、ギルド間の交流はランク2からでしたわ」
このイヤミったらしい、いかにも貴族ですよというしゃべり方! 間違いない!
私は声の主をきっとにらみつけた。ピンク髪のツインテールに翡翠の目!
「出たな! 歩く貴金属! コンフォートギルド長のマリー!!!!」