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第63話 マイナスだとはわかっていても、自分の心にウソはつけない

 「何かわけありのようだな。俺は退散するぜ。近々荷物まとめてアビシニア村に行くから、待っててくれ」と言って、ベルナルドのおっさんは逃げるように席を立った。


 いなくなった席へとマリーが座ると、目の前にある食器を横にずらして私の方をジロジロと見た。


「そういうあなたは、相変わらず田舎臭い服装をしていますわね。それで、なにしにまた王都へと来たのですか? 任務でしょうか? それともあれから考えが変わって、チハヤをわたくしに譲っていただけるのかしら?」


「んなわけねぇーだろ!! 何度も言わせるな、チハヤは私の執事だ! 絶対になにがあっても! 私がここへ来たのはなぁ……」


「……来たのはなんですの? まさか、本当にあの冴えない御仁をギルド員に迎えるために来たわけではないですわよね?」


「ち、違う! 私は──」


 しまった。ついカッとなって言いたいことを言ってしまった! 今、マリーは大事なお客さんになりえるかもしれない存在だった。うわぁ~でも腹立つなこいつやっぱり!


 マリーはムッとした顔をすると、腕を組んだ。


「言いたいことがあるならハッキリ言ってくださらない? わたくし、そういう煮え切らない態度が一番嫌いです」


「くっ……私だってハッキリしないのが一番嫌いだしめんどくさいよ」


 目を閉じて考える。頭では態度を改めてコーヒーの話を持ち出すことが得策だとわかっている。美しいものが好きなマリーのことだ。異世界の飲み物、それもお気に入りのチハヤが淹れてくれるとなれば、少なくとも食指は動くことだろう。


 だが、私の心はそれを拒否している。こいつは人の執事を奪おうとしているわがまま娘だ。だいたいなんか鼻につくし、こいつとは絶対に性格が合わない。っていうかムカつく。腹立つ。


 だから私はそのまま伝えることにした。


「マリー! 私はお前が好きじゃない! だけど、買ってほしいものがある!! それを話しにここまで来たんだ!!」


 「なんですって!?」──とでも言って怒りまくると思ったのだけど、意外にもマリーはポカンと口を開けて私を凝視していた。やがてその口はなぜか横に引いて小さな笑みをつくった。


「あなた、私になにを言っているかわかっていますの?」


「わ、わかってるよ。むちゃくちゃ言ってるってことは」


「そうではなく。今、あなたの大声でギルド中が静まり返っているのは理解されているかしら?」


 周囲に視線をさまよわせると、ギルドにいたみんなの視線がこちらを向いていた。視線が合ったことに気づくと、みんなそそくさとそっぽを向いたけど。気にしないでいるのは、ゆっくりとパンを食べているグレースだけだ。


 あれ……? これってまさか、めちゃくちゃヤバい状況? あのおっさん、もしかしてこうなることを見越して慌ただしく帰ったんじゃ──。


「サラ。いくらあなたが田舎娘だとしても、一介のギルドマスターならわかっていますわよね。私がどういう立場かということを」


 そうだった。こいつのおじいちゃんは──。


「えっと、ギルドセンター長の孫娘?」


「そう。つまり、このギルドセンターで私に暴言を吐くということは、センター長を敵に回すのと同じ。この意味はおわかりかしら?」


 ……うむ。まあ、まあまあまあまあ……とてもヤヴァイ状況だよね。


 だけど、こんなことでひるむ私ではない! こっちはセンター長なんかよりもっと恐ろしい2人の悪魔と対峙してきたんだぞ!!


「それは、脅しということか? マリー。……だがなぁ、ウチのギルドは元々ランク1の弱小。しかも辺境のかなたにあるんだ。なにより最強の異世界転生者と、最強の事務員がいる! さらに最強になる予定の剣士と魔法使いも! あと、世界最強のかわいさを持つグレースだって! どんな嫌がらせをされようとも、効かないんだよ!! これ以上の不遇はないからなぁ!!」


 言ってて悲しくなるよ、ホント。これだけのメンツがそろっていて、まだランク1って……。


「ぷっ! くっくくく……」


「なんだぁ? なに笑ってやがる!」


 マリーは、明らかにお腹を抱えて笑いをこらえている。


「いえ、今まで正面からそうやってタンカを切ってきた方はいなかったので。みなさん、今私たちの様子をうかがっているように、常にわたくしの機嫌をうかがうばかりで面白くありませんでしたの。おじいさまは公明正大な方。わたくしのために他のギルドに嫌がらせをするなんてことはありえませんわ。だいたい、世界中のギルドのトップがそんな態度だったら、ギルドシステムなんてとっくに機能しなくなっていると思いませんか?」


「え? じゃあ、お前、なんで……?」


 マリーはテーブルに手をつくと立ち上がった。ピンっと伸びる背が貴族っぽい。


「ここは居心地が悪いですわ! わたくしのギルドへ行きましょう! あなたの話、そこでじっくり聞かせていただきます!!」


 おー? なんか、よくわからないけどよかったのか?


 よしよし、とりあえずと立ち上がったところで、ギルドセンターの事務員がおずおずと話しかけてきた。


「あの、申し訳ありません。お会計お願いできますか? 今、出ていった方の分も含めて4875リディアになります」


「高っ! って、え? さっきのおっさんが払ってくれたんじゃ……」


「いいえ。あの方は、そのまま外へ出ていかれましたけれど?」


 うわっ! まじかあのおっさん! おごってくれるんじゃなかったのかよ!!

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