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第65話 人の話は最後まで聞くのが肝心とよく言われているけどさ

 私はマリーの正面に座った。


 ここまで来て、「やあやあやあ」みたいな長話や世間話をする必要もないだろうと思って、口を開いた。すぐに口を閉じた。


 ……いや、やっぱり、うーん。


「なんだか、渋い顔をしていますわね。話したくないのでしたら、すぐに帰っていただいても──」


「いやいやいや、なんだか腹立つなと思っただけで。一つ、頼みがある。アビシニア村の飲み物を買ってほしいんだ!」


 マリーは細い眉を怪訝そうに上げた。


「飲み物を買う──とはどういうことでしょう?」


「うん、ここに少しだけど現物を持ってきてる。原料になる豆だけど」


 コーヒー豆を入れた麻袋をテーブルの上に置いた。いかにも怪しげな目つきでマリーは袋をにらみつける。


「……ちなみに、チハヤの用意したもの──」


「それを早く言ってほしいものですわ」


 マリーは袋をむんずとつかむと、中からコーヒー豆を2、3粒取り出して自分の手のひらに乗せた。


「これは?」


「チハヤが言うにはコーヒー豆というらしい。紅茶と同じ嗜好品。アビシニア村では異世界の飲み物として今、大人気で、村のみんな総出でコーヒー豆の収穫をしている。村の、新たな名産品として」


「異世界の飲み物……」


 マリーは一粒を指の間にはさむと、どこかからルーペを取り出して熱心に観察を始めた。


「コーヒー豆という言葉の通り、確かに豆のような形状をしていますわね。茶色い色をしておりますし、見た目はあまり美味しいものとは感じられませんが、香りは──ふむ、独特の香ばしい匂いはしますが、本当に飲み物ですの? こんなに固いものをどう調理するのでしょうか」


「それを細かく砕いて粉みたいにするんだよ。で、コーヒーの粉にお湯を注いで抽出する。できたものが、コーヒー。チハヤがやっているのを見てたけど、香りはもっと強くなる」


 マリーはコーヒー豆を麻袋に戻すと、ひもで縛ってくくった。


「なるほど、溶かすのではなく抽出。ですが、肝心なのは味ですわ。確かに香りと味は密接な関係がありますが、ともかく味を確かめてみないことにはどうしようもありません。チハヤの淹れてくれたものを飲みたいところですが──」


 なるほど、そう来たか。いや、そう来ると思っていたよマリー。……計画通りだ!


「チハヤの淹れたコーヒーね。じゃあ、こちらからも条件がある」


「はい?」


 マリーは意外そうに目を瞬かせた。私が考えているのはただのお客じゃない。もっと大きな取引だ。


「ああ、わざわざアビシニア村に来てもらって、たった一度の取引で終わらせるのはもったいない。もし、チハヤのコーヒーを飲んで一言、お前が美味しいと言ったら、長期の取引をしてもらいたい」


 マリーは沈黙した。二重の提案に驚いてしまったか? お腹を両腕で抱える、うつむき、肩を震わせ、そして笑い声が起こった。


「くっ、くく……」


「なっ! なんで笑ってんだ! 今、笑うようなところじゃないだろ!!」


「いえいえ、失礼し……くっ……ダメですわ……おかしい……笑いが止まらな……あっはははははは!!!!!」


 ついには大きな声を上げて笑い出しやがった。なんで笑っているのかわからず、困惑して隣に座っているグレースの横顔を見たが、グレースは話に興味がないのかウトウトと眠そうに頭を上下に振っていた。


「おい、マリー!! なにがおかしいんだよっ!!!」


「いえ、本当に失礼。うっ、ううん!!」


 大きな咳払いをするマリー。再び真剣な眼差しが私を見た。


「サラ。話は最後まで聞くべきですわ。わたくしはアビシニア村に行くとはまだ一言も言っていません」


「えっ? でも、今チハヤの淹れたコーヒーが飲みたいって」


「ええ、そうですわ。確かに最終的にはチハヤの淹れてくれたコーヒーを飲んでみてからではないと判断はできません。ですが、今、このコンフォートギルドであなたの言う異世界の飲み物を飲むことが可能なのです」


 はぁ? なにを言ってんだ? あのコーヒーはまだチハヤしか作り方が知らない。見よう見まねでやってできないこともないけど、間違いなく味は落ちると思うし。


「全く話が見えない。どういうことだよ?」


 ニヤッと笑みを浮かべると、マリーは慌てて服の袖で口を隠した。いや、見たからな! 貴族らしからぬ今の立ち居振る舞い!!


「サラ。聞いて驚きなさい! つまりは、私はコンフォートギルドに新しく迎え入れることができたのです。チハヤと同じ異世界転生者を!!」


「えっ? はっ? 異世界転生者? チハヤと同じ?」


「そうですわ! そのにお願いをすればきっとコーヒーを作ってくれるはずです! 今、呼んできますから少々お待ちくださいませ!!」


 マリーはバンッ、と机を叩いて立ち上がると、そのまま走って部屋を出ていった。


「え? いや、そんな走らなくとも──」


 異世界転生者ってそれなりにいるんじゃないの? だって、チハヤがすんなりとこの世界の人たちに受け入れられているわけだし。それに異世界ったって同じ世界からくるのかどうかとか──そもそも異世界転生者ってなんだよっ。


 などと根本的な疑問を呈したところで、マリーが戻ってきて扉を開けた。


「お待たせしましたわ!! 彼が私のギルドの異世界転生者──その名もヤマト・カイですわ!!」


 ヤマト・カイ……確かにチハヤの名前と同じような響きを感じる。


 マリーに紹介されて、ちょっと困惑気味に部屋に入ってきたその人を見て、私の心臓はトクン、と大きく跳ね上がる。


「は、初めまして、どうもヤマトです。あの、よろしくお願いします」


 おい、おいおいおいおいおいおいおいおいおいおい!!!! また来た!!!! 来ちまった!!!! イケメンだ!!!!

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