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第66話 ヤマトさんはイケメン眼鏡

 ヤマト・カイ。彼の容姿を一言で説明すると、「イケメン眼鏡」だ。眼鏡と言っても、クールな感じが漂う細めの眼鏡ではなく、優しい印象の丸眼鏡。それが、なんとも人当たりの良さそうな、かつ真面目そうな印象とマッチしている。


 さらに眼鏡の奥の瞳はやや茶色がかった黒目でこれまた穏やか。少しくせ毛のある茶色の髪はつい触りたくなってしまうほど、柔らかそうだった。それでいて、目鼻立ちは大きく、くっきりはっきりしていて、一見、穏やかそうなのに力強さも感じられる不思議な雰囲気を持っていた。


 さらにさらに、背はそれなりに高く、体つきはやせ過ぎもせず太り過ぎもせずにバランスの取れた体格に見える。


 そして、見たこともない青色の衣服が絶妙に全体の雰囲気を統一させていて、舞台から出てきそうだった。


 おこがましくもたとえるのならば、そう──貴公子のよう。


「不思議な衣装ですわよね。聞いたら、この服、『着物』と言って、異世界の中でもさらに小さな島国でしか使用されていない衣装らしいですのよ!」


「へ~『着物』──」


 ……いやいやダメダメ!!! 目を輝かせている場合じゃない! 見た目に惑わせるな! サラ!! あいつも、チハヤだって最初は「天使のような」とか「王子」とか「神の造形美」とか思ってたじゃねぇーか!!


 イケメン、ダメ!! 絶対!!


 ヤマトさんは、不思議そうな目で私を見つめていた。だからダメだって! そんな目で私を見ないで!! っていうか見るな!!


「さて、ヤマト」


「……あっ、はい。なんでしょう、マリー様」


「これ、なにかわかるかしら?」


 マリーは麻袋を傾かせる。ヤマトさんの手のひらにコーヒー豆が何粒か転がった。


「! マリー様、これはコーヒー豆ですか!?」


「そのとおりですわ。この反応、どうやら異世界の飲み物というのは本当みたいですわね」


「コーヒー……この世界には紅茶しかないと思っていたのに……」


 この人もチハヤと同じこと言ってるな。やはり、チハヤの言うとおり異世界でも大人気の飲み物だったんだろうか。


「それでは! ヤマト! この豆を使ってわたくしにコーヒーを一杯作ってちょうだい!!」


「……え、でも……作れと言われても」



 すぐには作れなかった。いや、正確に言うとコーヒーを作るための器具がなかった。


 どうやら異世界では、コーヒーをおいしく淹れるための専用の器具が様々用意されているらしく、それがあればだれでも簡単にコーヒーが飲める……逆に言うとそれがなければ難しいらしい。


 しかも魔法使いのチハヤはいろんな問題をとにかく魔法で解決していたが、ヤマトさんは魔法が使えないらしく力技で課題を乗り越えることもできない。


 そこでとった手段が……。


「おぉおおお!!!!」


 とにかく豆を細かく切ることだった。ヤマトさんの職業ジョブは戦士。だけど、使っている剣が特殊らしく片方にしか刃のない「刀」というものらしい。


 これもまた異世界の代物らしいけど、まあそこらへんはどうでもよく、力任せに豆が砕かれていく。とはいえどうやって粉末状になるんだ、と私は思った。切るたってせいぜい2つか4つに分断されるだけなんじゃないのと。


 ところが、そこは異世界転生者のすご技なのか、刀を振るうと目に見えない超高速スピードで豆が粉末に変わるんだ。つまり、それだけ細かく切り刻んでいるということ。


 はぁ? という疑問はもちろんあるけど、数々の驚きを目にしてきた私はこれくらいじゃ驚かない。それより思ったのは、結局力技なのかい! ってこと。


 それなら、なんか適当なもので豆をつぶせばいいんじゃと思ったが、人のギルドだし、マリーが偉そうにしているし、グレースは嬉しそうに拍手しているしで、口を出さないことにした。


「それで、このコーヒーの粉をどうすればいいのかしら?」


 豆を切りながら、息を切らしながらヤマトさんが答える。


「あとは! 紅茶のティーカップを! 代用すれば! できます!」


「なるほど。それじゃあ、お願いできるかしら」


「はい!」


 ──意外に熱いヤマトさんの活躍(?)により、こうして無事にコーヒーができあがった。


 マリーの持つ、割ったら何万はしそうな高貴なティーカップに注がれたコーヒーは、鼻孔をくすぐる独特のあの香ばしさがしていた。


「これがコーヒー……。品の良い香りがしますわね。それではさっそく──」


「ちょっと待った!!!」


 カップに口をつけようとした瞬間。マリーの目が開いていらだたしそうに私を見た。


「なんですの? 今、集中して味わいを感じようとしているのです」


「ごめん! だけど、その前にちょっと思い出したことがあって、マリーあんたって今、何歳?」


「ぶしつけな質問ですわね。……まあ、いいですわ。隠すものでもありませんし。わたくしは今、18歳。ランク5ギルドとしては史上最年少ギルド長と──」


「よかったぁ~同じ18歳なんだ! じゃあ、ミルクを入れた方がいいよ!!」


「ミルク……?」


 あっぶねぇ~。マリーはわがまま娘だから若いと思っていたけど、まさかの同い年! ってことは、コーヒーが苦過ぎて取引中止になるところだった。ミルクを入れないコーヒーなんて泥水飲んでるのと一緒だからな!!


 マリーはカップをテーブルに戻した。


「なぜですの? 紅茶と同じような飲み物でしたら、ストレートでもおいしいはずでは?」


「ああ、いや~村の人たちはみんなおいしいって言ってたんだけど、苦味が強いからさ。私がダメだったからマリーもダメじゃないかって。でも! ミルク入れたら苦味もおさえられておいしいから!!」


「なるほど。苦味が強い上にサラ、あなたは飲めなかったと。ヤマト、どう飲むのが正解かしら?」


 突然呼びかけられたヤマトさんは眼鏡を上げた。眼鏡……ごくありふれたアイテムだが、イケメンが使用するとその効果は何倍にも跳ね上がるという危険なアイテム。


「人それぞれですね。……ストレートのことをブラックと言うんですが、ブラックのまま飲む人もいるし、ミルクや砂糖、ほかにもキャラメルとか、いろんな味があります」


「あなたはどう飲むの? ヤマト」


「えっ、オレはまあ、ブラックですね」


 マリーの口元がにやりと歪んだ。


「では、わたくしもストレート──いえ、ブラックでいかせていただきます」


「え、おいちょっと待ってって!!」


 やっべ。ヤマトさんは一人称「オレ」派なんだとかぼーっと考えてたら、マリーの奴ブラックのままコーヒーをの──飲んじまったぁああああ!!!


 マズいぞ、これはマズい。どうする? もう一回ミルク入りを飲んでもらうか? おいしさをわかってもらえないと取引以前の問題になってしまう!


 マリーがカップを戻した。目をつぶり、味を確かめている。


「マリー様?」「マリアンヌ様?」


 受付の人やギルドにいたコンフォートギルドのメンバーたちが、心配して声を掛ける。未知の飲み物だから、それはそうだ。


 ところが一人その中で、ヤマトさんだけがなぜか自信満々に微笑んでいた。


「……いですわ」


 え? なに? 小声過ぎて聞こえない……?


 マリーの目がかぁっと見開いた! そして、顔も赤くなっている!!


「おいしいですわぁああああああ!!!!!」

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